〈三時間目〉未成年者と飲酒

自己実現について考える

第三回目の授業のテーマは「未成年者と飲酒」です。生徒たちはこれまでの授業でアルコールの害について、基本的なことを頭に入れています。そこで次は、この問題を自分たち一人一人の問題として考えるよう授業を進めます。喫煙にしろ飲酒にしろ、「いけないこと」と頭から禁じるだけでは、反発を招くだけで効果が上がりません。なぜなら生徒たちの多くは、喫煙や飲酒を自分なりの自己主張としてやっているのですから。
そこで指導する側としては、たばこを吸い酒を飲むことが決して正し自己主張の手段とはなりえないし、それどころか成長期にある精神・身体に多くの害をもたらすだけで何の得にもならないこと、それよりも、高校生として今しか出来ないことがあること、などをしっかり理解させなければなりません。
授業の冒頭で私は、生徒たちが将来どのような希望を持っているかを聞いてみました。自分らしさを大切にし将来に向かって進んでいくことを、教育現場では自己実現といっています。相撲とりは自分にとっての最高の相撲をとろうと考え、いずれは横綱となる夢を描くでしょう。噺家なら、当然真打を目指して修行するでしょう。
生徒たちはこれから六十年~七十年、あるいはそれ以上の人生を生きていくことになるわけです。
これだけの時聞があれば、やろうと思えば何でもできる。「さあ、そこで君たちの自己実現とは何か」ということになります。
こんなことを言うとあるいは、今の高校生たちは白けてしまう、と思われる向きもあるに違いありません。しかし、覚めているといわれる現代っ子もスポーツの感動は知っています。頑張って勝利した時の汗と涙の素晴らしさを知っています。そして何より生徒たちは、「その教師の授業にかける情熱」を感じ取ってくれるのです。教師なら誰でもそうだと思いますが、私も教室に入れば常に最高の授業をしようと全力を尽します。いい教師となることが、私にとっての自己実現なのです。

未成年者は酒の害を受けやすい

未成年者の飲酒にはどんな危険があるかを〈下記参照〉にまとめてみました。生徒がもっとも驚き興味を示すことは、インポテンツになるということです。体内に入ったアルコールは九割が肝臓で分解されますが、一部は精巣でも分解が行なわれます。分解して出来た毒性の強いアセトアルデヒドが、成長期の精巣を直撃するのです。
また、精巣内のアルコール脱水素酵素がアルコールの処理に追われると、本来の働きである性ホルモンを作る仕事がそっちのけになってしまい、インポテンツになったり性機能の低下が起こるのです。男性ホルモンが足りなくなると副腎皮質が補給に乗り出します。ところが、副腎で作られた男性ホルモンは皮下組織に入ると女性ホルモンに変身してしまうのです。その結果バストが膨らむなどの女性化現象が起こります。

ここは、この授業の山場ですからていねいに説明します。わが校は女生徒が圧倒的多数ですが、男女を問わず酒が強い男性は男らしい、という考えが見られます。ところが、この授業でその思い込みが見事にひっくり返るのです。この「アルコール・薬物」の七回の授業の後、ほとんどの女生徒が「大酒飲みとは結婚しない」と宣言します。
さて、もう一つの山場は脳細胞への影響です。アルコールは脳の神経細胞を破壊し脳を萎縮させます。「脳の発達のピークは何歳ごろと思うか」と生徒に聞いてみます。答えは二O歳でそれ以後は、神経細胞はどんどん消滅していくのです。アルコールはこれに拍車をかけるといわれています。
「今から飲んでいる人は、もうピークを過ぎて脳の衰退期に入っているかもしれないぞ」といいながら一人一人顔を眺めていくと、瞬間深刻な表情を浮かべる生徒がかなりいます。ここで『アルコール・シンドローム』(ASK発行)創刊号の一節を引いて生徒に聞かせます。「酒を飲んだ後、耳を澄ませてごらん、脳の神経細胞が悲鳴を上げながら壊れていく音が聞こえるよ」と。

狙われているのは君たちだ

未成年のうちから飲酒するなど、自分で自分の首を絞めるようなものだ、と大人は考えるかもしれせん。ところが生徒たちを取り巻く環境を見ていただきたいのです。まるで、飲め飲めとけしかけんばかりの風景が展開されています。たとえば酒の自動販売機、こんなものが国中至る所に置かれているのは、世界中を見渡しても日本だけです。「未成年者飲酒禁止法」という立派な法律があっても、年令を見分けることのできない自動販売機で、コイン一つで酒が買えるのです。
「先生はこの矛盾を声を大にして追及している。しかし、君たちは今、自動販売機がある社会で生活している。どうしたらいいか」と、問うと、自動販売機を全部とっぱらつてしまえ、という勇ましい意見の生徒もいます。しかし、ここではまず、自分たちの身を危険からいかに遠ざけるかについて話し合うよう指導します。
危険な誘惑はほかにもあります。その際たるものがテレビなどのコマーシャルです。企業は莫大なお金をかけて宣伝しています。そこで特に狙われているのが、若者と女性なのです。「君たちの好きなタレントの出ているお酒のコマーシャルがあるだろう。それらの中で、思わず飲みたくなるようなおいしそうなコマーシャルやかっこいいコマーシャルがあったら集めてきてほしい。新聞、雑誌そのほかなんでもいい。これが次の授業までの宿題です。

表 未成年の飲酒の危険

脳の発達は20歳がピーク
→アルコールは脳の神経細胞を破壊し、成長期の脳を老化させる
肝臓 肝臓が一生の聞に代謝できるアルコールの量には限度がある
→早く欽み始めると肝臓も早くダウンする
その他の
内臓
若年者はアルコール分解酵素が未成熟
→内蔵が長時間アルコールやアセトアノレデヒドの害にさらされる
生殖器 アルコールは成長期の精巣・卵巣を痛めつける
→インポテンツ、月経不順など性機能が低下す
依存症 早くから深い酔いを覚えると、大量に飲まないと酔えなくなる
→アルコール依存症への近道
自己実現 アルコールの酔いは困難な状況からの逃避手段になる
→困難に打ち勝って自己実現をめざす方法を学べない