あとがき

私が初めて薬物乱用問題に関わったのは、教員になったばかりの一九六七年のことでした。当時は、青少年の睡眠薬やシンナーの乱用が、大きな社会問題となりつつある頃でした。ある時、学校で睡眠薬を飲んで自殺を図った女子生徒が担ぎ込まれてきました。その女生徒は既に意識がなく、血圧も低下していて大変危険な状態でした。
私は大急ぎで校医に連絡して来て頂き、強心剤を打ってもらって近くの病院へ緊急入院させました。校医の手早い処置と病院の手当で、女生徒は二日後に意識を取り戻し、最悪の事態は避けることができました。
この時の私のショックは半端ではありませんでした。思い出すと今でも冷や汗がにじんで来ます。当時、大学では薬物についての授業は全くありませんでしたし、私自身の知識もほとんどなくて、ただいたずらにうろうろするばかりでした。この経験をきっかけに、私は薬物についての関心が生れ、自分なりに勉強を始めました。
当時の社会的状況に比べ、現代は物がたいへん豊富です。生活は便利で快適です。また、情報化時代、国際化時代でもあります。戦後の貧しい時代に育った私などは、ともすれば、物質的豊かさが幸せのバロメータと思いがちです。しかし、この物質的発展は留まるところを知らず、さまざまな弊害も生み出しています。学校では、生徒どうしのいじめや不登校、中途退学などの問題が年を追って深刻さを増しています。また、物質・経済の豊かさは、学校教育においても、ともすれば外罰的、他罰的になり、都市化は人間関係の希薄化を招きます。ストレスは増大し精神的障害も多くなります。
青少年の「喫煙・飲酒・薬物乱用」などの問題は、関係機関や人々の努力にもかかわらず、いっこうに改善の方向に向かいません。それらの開始年齢も、日を追って低年齢化していますし、ますますファッション感覚、トレンディー感覚でとらえられているようです。さらにまた、最近は摂食障害なども増え、それらはアルコールとの関連性も指摘されています。その背後には当然のごとく、企業聞の懸命な販売合戦がくりひろげられていることも見逃せません。
こうした社会的背景の中で、私たちにとってもっとも大切なことは、「たばこ・酒・薬物」についての科学的な知識を教育の中できちんと身に着けることではないでしょうか。そのためにも生命を尊重し、健康に配慮した生活態度は欠かせません。現代の社会は、年齢を問わず、他人を思い遺る心がもっとも希薄化しているのではないでしょうか。子どもたちにはもっともっと自分を大切にし、夢と誇りを持ってほしいものです。子どもたちに正しい薬害知識を教え、スモークフリー、ドラッグフリーの健全な生活の場を提供するのは家庭であり、学校であり、そして地域社会の責任です。今、改めてそのことが問い直されるべき時ではないでしょうか。わたしたち教師の責任も重大です。

ところで、私の誇りは公私にわたり多くの友人・先輩を持っていることです。健康行動教育科学研究会、保健体育研究会、そのほか大勢の仲間に支えられて今日の私があります。この本ができるまでにも、そうした大勢の人々の協力とお力添えがありました。まず、本書「Ⅱ アンケートによる高校生の喫煙・飲酒・薬物乱用の実態」では、東京都公立高等学校第二学区PTA連合会(学区長福田恒二氏)が中心となり、生徒と親のアンケート調査・研修会、シンポジュ1ムを聞いて下さり、私もこの企画に参加させていただきました。これをまとめたものが「実り豊かな高校生活を生徒と考える『高校生の飲酒と喫煙』――平成六年度活動報告」で、その中から「高校生の飲酒と喫煙」の項をここに引用させて頂きました。学区長の福田恒二氏、平成六年度第二学区校長会PTA担当幹事(前東京都立深沢等学校長)渡辺信一郎氏、PTA連合会副学区長の武田義春氏、牛島倫子先生、そして、二学区のPTAの役員の皆様にお礼を申し上げます。
また、「Ⅲ 学校で喫煙・飲酒・薬物乱用をどう教えるか」では、「アルコール・薬物を保健体育で教えるコツ――6~7時間の授業展開」の題で、アルコール問題市民協会・代表今成知美氏発行の『アルコールシンドローム』に連載したものに加筆訂正を加えて掲載しました。今成知美氏にもこの場をかりてお礼を申し上げます。
そしてまた、私の一番の感激は、「序文」を大妻女子大学教授高石昌弘先生にお書きいただいたことです。先生は、医学・保健教育の第一人者であり、日本学校保健学会等の要職のかたわら、幾多の政府の委員を歴任され「超多忙」とは、正に先生のためにある言葉です。その高石先生が快くお引き受け下さり、身に余る光栄です。これも、先生と一緒に仕事をさせていただく機会に恵まれたからこそと、感謝しています。
拙い本ですが、この本が子どもたちとともに未来を語る多くの方々に、特に学校の先生方、そのほか子どもたちの健全な育成を願うすべての方々に読んでいただけるよう、お願いします。おわりに、本書の出版に当たって終始ご指導と励ましをいただいた東峰書房の高橋衛社長に、心からお礼を申し上げます。氏との出会いは、私が鈴木健二著『子どもの飲酒があぶない――アルコール・ドラッグに触まれる若者達』(東峰書房一九九五年刊)を書評したことからでした。

一九九七年四月
東京都立深川高校教諭
原田幸男