3 薬物乱用の概観

薬物事犯の増大

わが国は戦後、覚せい剤およびヘロインの二度にわた乱用期を経験しましたが、いずれも啓発強化、取り締まり強化、中毒者対策などの総合的対策によって撲滅に成功してきました。わが国のこうした麻薬行政における見事な業績は、類のない成功例として世界各国から賞賛が寄せられました。これらの成果の陰には、国民の教育的水準の高さ、順法精神の強さ、厳正な法と所轄機関による的確な対応などが、見事に機能した結果と考えられます。
しかし、その一方で密輸による薬物の押収量は、年々増加の一途をたどっていることが大変憂慮されます。一九九六年の薬物事犯をみると、覚せい剤事犯の増加、イラン人の密売等の急増そして、覚せい剤の押収量が史上最高を記録するなど、覚せい剤問題がますます深刻になっています。覚せい剤事犯は二万六千六二四件で一万九千四二O人を検挙し、六五0・八キログラムを押収しました。前年に比べ、三千二四二件、一三・九パーセント、二千三一九人・一三・六パーセントとそれぞれ増加し、押収量は七・六倍にもなりました。覚せい剤の密輸入・密売などへの暴力団の関与も依然として顕著で、暴力団員の検挙は七千九一二人と全体の四0・七パーセントを占めました。麻薬がらみで検挙された外国人の数も、これは明らかに急増しています。このように国際化の激しい時代にあって、こうした傾向を止めることはなかなか至難のことでしょう。また、商用、観光、留学などで外国を訪れる日本人の数も巨大になり、そうした人達が現地で安易に麻薬に手を出すという例もたびたび報じられ持ています。
かつてブッシュ米国元大統領は、就任演説で「われわれの社会が団結して忍耐づよく戦わなければ酬ならない分野はごく限られている。明らかに今やその際たるものは麻薬問題である。一袋のコカイン納が秘に船で運び込まれたとき、それはわが国そのものを傷付ける致命的なパクテリヤにも等しかった。成すべきこと、一言うべきことはたくさんあるが、私の言うことを信じてほしい。この社会禍を必ず食煙い止めよう」と訴えています。
世界の麻薬の七大生産地は、メキシコ、コロンビア、ペルー、ボリビア、パキスタン、ビルマ、タイです。コロンビアはコーヒーが有名ですが、麻薬が外貨稼ぎの筆頭になっています。また、生産地はアメリカ合衆国の近隣諸国が大部分を占めています。

薬物乱用を許す現代社会

わが国においても、近年薬物の乱用が増えていることは既に述べた通りですが、とりわけ、若者たちの汚染が猛烈です。そこで、考えられる原因をいくつか上げてみます。
1、生活水準が向上し、価値観の多様化や社会規範の低下が見られ、人々に非行カルチャーを容認する傾向が強くなったこと。
2、都市化の拡大により、自然環境からの隔離や社会的連帯感の希薄化、そして、疎外感や孤立感
が助長され都市の持つ匿名性、享楽的風潮が強くなったこと。
3、進学率の著しい上昇による高学歴社会の進化と、受験競争の激化に伴って、そこからはじき出される生徒たちが多くなったこと。
4、核家族化、少子家族が一般的となり、大家族の持っていた家庭内での養育・教育機能が低下し
たこと。
5、情報化社会の中で、未成熟な青少年が情報の洪水――テレビCM、マスコミ広告などによる、たばこや酒の宣伝などに押し流されやすくなっていることと、青少年自身の思考や行動のパターンが感覚的になってきていること。
6、国際化の進展の中で、海外に行く青少年が大麻などの薬物に汚染され、持ち帰る危険性の増大
等々です。
英国の精神科医であるウイニコットは、薬物やアルコールに依存する人は「一人でいられる能力」に障害があるといっています。一人で単調な生活に耐え、欲求不満や空虚感や憂欝感に堪えられない人が乱用に陥るというのです。その意味では、現代社会は人々を容易に薬物乱用に引き込む条件が整っているようです。
子どもたちが薬物乱用に陥るきっかけは、甘い言葉にだまされるとか、好奇心ゃあこがれとか、嫌なことから逃れたいとか、規制社会への反抗とか、友達との仲間意識とか、あるいはまた、たまたま何となくといった偶発的な体験等さまざまです。また、若者たちの問では、覚せい剤を「エス」だとか、「スピード」とかの符丁で呼び合ったりしていますし、誘惑する手口もいろいろです。たとえば、
「ダイエットに効く」、「こんなに効く疲労回復剤がある」、「肩凝りや痛み止めに効く」、「眠気覚ましに効く」、「二日酔いに効く」など、一見他愛もないことと思われますが、見方によっては、誘うほうも誘われる方もそれほど気楽に考えているわけで、それだけに私は、大変危険な傾向だと考えています。また、最近は乱用者の中に、サラリーマンや家庭の主婦のように、普通の生活者が多くなっていることも憂慮すべき兆候です。

学校での喫煙・飲酒・薬物乱用防止教育

学校で生徒たちに喫煙・飲酒・薬物乱用防止の教育を行なうとき、すぐに中毒になるとか廃人になるとか殺人を引き起こす’とか、いわゆる「脅しの教育」に頼ることは避けなければなりません。事例などをできるだけ生徒自身の生き方に引き寄せ、事実を正しく認識させるとともに、意志決定能力や自己の実現を目指した教育を実施しなければなりません。
シンナーなどの吸引、麻薬・覚せい剤乱用の心身に与える害は、たばこやアルコールの害と比較してもその影響は大きく、多くの社会的問題を含んでいます。幸い、わが国の青少年の薬物乱用は、アメリカのそれと比較して、今のところ決して多くはありません。しかしながら、今の世相を考えると、こうした傾向がいつまで続くか予断を許しません。それでも厚生省の本年度の「麻薬白書』によると、学生・生徒の検挙者数が前年の一挙に二倍に増大したことは、既に述べたとおりです。
こうした状況であればこそ、学校における喫煙・飲酒・薬物乱用防止教育の必要がますます大きくなるわけです。学校での喫煙・飲酒・薬物乱用防止の指導は、ホーム・ルーム、学年、全校を対象としたいっせい指導と、すでに経験を持つ生徒に対する個別指導の両面が必要となります。どちらも、すべての教職員が共通理解を計り、相互に協力・援助して当たることが前提ですが。また、必要に応じて学校が中心になって、家庭と連携をとったり地域や専門機関とも相談して、連絡や報告が円滑に行なえる環境づくりをすることがまず求められます。
高校での保健指導の目標は、「健康で安全で幸福な生活を営む能力と態度を養い、心身の調和的な発達をはかる」ことにあります。われわれは、この時期、生徒が直面するさまざまな問題に適切に対処し、自ら課題を解決する能力や態度を育てる教育の実践を目指さなければなりません。そしてまた、生徒の健康・安全に対する自律的な生活態度を育成し、家庭・学校・地域・社会・国家、さらには国際社会の一員として、それらの集団の向上に寄与することのできる資質を高めることが求められています。したがって、喫煙・飲酒・薬物乱用防止に関する保健指導は、高校における保健指導の目標を達成するための重要事項の一つであるわけです。
保健指導の具体的目標は、

1、青年期における心身の発達について正しく理解させる。
2、喫煙・飲酒・薬物乱用が、青少年の心身に及ぼす影響や社会的問題の大きさについて正しく認識させる。
3、喫煙・飲酒・薬物の乱用をしない判断力・態度を育てる。
4、自他の健康・安全に積極的に努め、喫煙・飲酒・薬物乱用防止啓発活動に協力・寄与できる能力と態度を育てる。
などです。