〈二時間日〉アルコールの室口

手づくりのOHPやボードを使って

「アルコール・薬物」の授業は二時間目からいよいよ肝心なところへ入ります。テーマはアルコールの害。この日の授業は大変忙しい。授業のポイントを上げると、
1、アルコールが体・心・家庭などに及ぼす害
2、アルコール依存症とは何か
3、酔いとは何か
4、体内に入ったアルコールの分解過程
5、飲める体質・飲めない体質
これだけを一気にやてしまいます。五時限目の眠い授業でも生徒たちは居眠りしている暇はありません。では、「アルコールの害」といわれて生徒たちはまず何を思い浮べるのでしょうか。早速聞いてみましょう。

胃・腸・十二指腸・肝臓・すい臓障害・糖尿病.高血圧・心筋症・脳・神経障害・ガンなど
アルコール依存によるイライラ・疎外感・自信喪失・自己嫌悪・不眠・妄想・自殺など
信頼感の喪失・不和・嫉妬・暴力・経済破綻・離婚など
子供への虐待・情緒不安定・孤独・自己否定・登校拒否・非行・暴力なと
妊娠中の飲酒による胎児性アルコール症候群(奇形・知恵遅れ)発育不全・流産・死産など
二日酔いによる怠業・欠勤・ミス・病気欠勤・生産・能力低下・勤務中飲酒による事故など
交通事故・転落事故・過失火災・放火・けんか・傷害・性犯罪・暴力・殺人など

「飲酒運転をして交通事故を起こす」、「酔っ払ってけがをする」、「イッキ飲みでアルコール中毒になる」、「飲み過ぎて肝臓を悪くする」、「アル中になる」、等々いろいろな答えが返ってきます。新聞記事を集めさせた効果もあるのかよく知っています。生徒たちの答えが出尽くした頃を見せ、アルコールの害について整理します。私は、こうした図や表はすべて手ずつくりしOHP(投影フィルム)やボードにして授業に活用しています。OHPやボードにしておくと何度でも繰り返し使え、持ち運びにも便利だし、さらに必要なところはその場で書き込んだり注意点も指し示したり自由自在で、是非おすすめしたい方法です。

酒でなくなった有名人は

さて、このOHPを使ってアルコールが体・心・家庭に与える害・職場に与える害などを生徒に順番に読み上げてもらいます。アルコールの害で生徒がびっくりすることが二つあります。
一つは酒は身体に害を及ぼすだけではなく、家庭をめちゃくちゃにしたり家族を不幸にする。仕事を持っている人は仕事にも支障をきたすようになる。そういえば、と数人が手を上げる。「高校生が酒乱のお父さんを殺した事件があった……。」
もう一つ生徒が驚くのは、「酒がもとでかかった病気で死ぬことがある」という事実です。そこで「酒で死んだ有名人を誰か知っているか」と聞くと、生徒たちは互いに顔を見合わせ首をかしげているので、美空ひばり、石原裕次郎、江利チエミ、有吉佐和子……と名前を上げていくと、もちろん生徒たちは意外そうな顔をします。
一晩にウイスキーのボトル1~2本空けて平気だったという美空ひばりは、五二歳でなくなる十数年前から肝硬変に苦しんでいたそうです。死亡したときはアルコール性肝硬変の末期だったといいます。加えて大腿骨骨頭壊死という難病も抱えていました。どちらもアルコール依存症者によくみられる病気です。石原裕次郎は水がわりにビールをラッパ飲みしていたそうです。肝細胞がんで美空ひばりと同じ五二歳で亡くなりました。
江利チエミは吐いたものがのどに詰まって窒息死したと言われています。アルコール依存症者にはこうした危険も常につきまとっています。また、有吉佐和子の急死は、アルコールと睡眠薬の併用によると言われています。これも大変危険な行為です。こういう話をすると生徒たちは、シーンと静かになります。尾崎豊は生徒たちにとって今も憧れの人です。彼もアルコールと覚せい剤が原因だったと付け加えると、生徒たちは改めて恐ろしさを実感することになります。

アル中のイメージを変える

マスコミは市申し合わせたように黙っていますが、ここに上げた有名人たちはアルコール依存症だった可能性が高いのです。そこで次はアルコール依存症について話します。生徒たちにアル中のイメージを聞いてみると、「朝から酒を飲む」、「仕事もしないで駅や公園で寝転がっている」、「家族に暴力を振るい、妻子が逃げだす」などと、多くは答えます。
しかし、アルコール依存症は職業、性別、その他に関係なく誰でもがかかる病気です。有名人も、医者も学者もいます。もちろん普通のサラリーマンも大勢いるのです。若い人も女性も例外ではありません。むしろ、若い人や女性の飲酒は依存症になりやすく、問題が大きいことも強調しておくことが大切です。ここでは、アルコール依存症になるのはダメな人だ、という誤った考えを植えつけないよう気をつけなければなりません。あくまでも酒が原因の「病気」であることをしっかりと教えることです。しかも、一度かかると回復するのが大変厄介な病気であることです。
私のこれまでの経験によると、生徒の父親の一O人に一人は、何らかのアルコール問題を抱えているように思われます。酔って家族に暴力を振るう父親もいます。父親に問題のある生徒は、「アルコールが家庭生活に与える害」などの話になるとうつむいて発言出来なくなります。そうした生徒を傷つけないよう授業を進めることも、大切な授業の要点です。
そして、もう一つ忘れてならないことは、アルコール依存症は病気だからきちんと治療をすれば治ること、お酒を止めるための自助会――断酒会、AA(Alcoholic Anonymous)その他があることを教えることも大切です。もっとも問題なのは、本人も家族もそれが「病気」であることを知らずにいることなのです。

酔いとは何か

こんなにも害のあるものを人はなぜ好んで体内に入れるのだろうか。その答えは、酔うためです。では、酔いとは何か。生徒にしばらく考えさせてから「酔いとは、脳が麻市博すること」と、教えます。ここでも左の表をを使いながら、アルコールの濃度が高まるにしたがって脳の麻薄が広がっていく様子を説明します。
3-2-1
最初はアルコールに酔って大脳新皮質の活動が弱まって、理性が麻療するために心地よい酔いを感じるが、麻庫が小脳にまで広がるとまっすぐ歩くことができず千鳥足になります。さらに酔って麻療が海馬にまで及ぶと、自分でやったことを次の日に覚えていない(ブラックアウト)。そして、麻癖が呼吸中枢に及べば死んでしまいます。
左を見てほしい。麻療が脳全体におよび「泥酔」段階になると、急性アルコール中毒と呼びます。寒い季節には、意識がもうろうとして眠り込み凍死したり、吐いたものがのどに詰まって窒息死したり、車道に寝込んで車に跳ねられたりと、危険がいっぱいです。
ここに至る前の千鳥足の兆候は、「これ以上飲むと急性アルコール中毒になる、もう絶対に飲むな」のサインなのです。ところが、このサインが表れるまでにはおよそ三十分のタイムラグがあります。
飲んだアルコールが血管に吸収されて血中濃度が高まるには、三十分ほど時聞がかかるのです。では、飲むぺースが早いとどうなるか。たとえばイッキ飲みをした場合です。イッキ、イッキとはやしたてられ、立てつづけに流し込んだアルコールは、三十分かかって身体中に行き渡り、血液の中のアルコール濃度も一気に高くなります。気が付いたときには泥酔段階も通りこして、脳全体に麻療が広がって急性アルコール中毒です。これまでにも、実際、実に大勢の大学生や若者がイッキ飲みで大切な命を失っています。「イッキ、イッキ」とはやしたてる側の責任も大きく、イッキ飲みなど決してしない・させないと一言う心構えを準備させることが大切です。昨年、名古屋のある大学で起きたイッキのみ死亡事故に対して、市民団体が容疑者不特定のまま愛知県警に、傷害致死罪と傷害現場助勢罪で告発するというような事件も起こっています。

一単位をたたきこむ

アルコールの分解過程の中で特に大切なことは、私たちの身体にそなわった分解能力には、一定のスピードがあるということです。お酒を大量に飲めば分解にそれだけ時聞がかかるわけです。「君のお父さんはどれくらい飲む」とたずねると、「ウイスキーを、グラスで七、八杯かな」などと答える生徒が時々います。
「それは飲み過ぎだ」、というわけでアルコールの単位の話をします。日本酒なら一合、ビールは大ビン一本、ウイスキーならダブルで一杯。これが一単位です。一単位にはおおよそ二0グラムの純アルコールが含まれていますが、これが体内で分解されるためには約二~三時間が必要です。
したがって、三単位のアルコールが体内で分解されるためには、約八時間かかります。ということは、これ以上飲むと翌朝になっても体内にアルコールが残ってしまうことになります。酒くさい息を吐き、酔った状態でその日が始まる。車の運転をすれば立派な飲酒運転です。
生徒の頭にこの一単位の考えをたたきこみ、将来自分が酒を飲む場合にも害を受けないためにはせいぜい二単位までにしておくよう、教えます。とはいうものの、実を言うと、極たまには私も2単位を越してしまうことがあります。するとたちまち生徒たちに、「先生、お酒くさいよ。昨日何単位飲んだの」などと言われ、猛反省をさせられるというわけです。

飲める体質、飲めない体質

最後は体質の話です。白人や黒人は「飲める体質」ですが、日本人には「飲める体質」の人と「飲めない体質」の人が約半々といわれています。ここで、酵素ADHとALDHの登場です。体内に入ったアルコールは、まずADHの働きによってアセトアルデヒドになります。そして、このアセトアルデヒドはALDHの働きによって酢酸・炭酸ガス・水に分解されて最後は体外に排出されます。
飲めない体質の人というのは、このALDH酵素の働きの弱い人ということになります。では、こういう人が酒を飲むとどうなるか。アセトアルデヒドの分解が遅く体内にたまるために悪酔い、動停、頭痛、吐き気などをひき起こし大変苦しい状態になります。
生徒たちの多くは、実はアルコールを飲んだことがあるので、自分が飲めるか飲めないかをおおよそ知っています。「自分が飲めない体質と思う人」とたずねると、ためらいがちにばらばらと手が上がります。そこで話しておくことが四つあります。
1、飲めないのは体質によるので、練習しても飲めるようにはならないこと。
2、飲めないことは恥ずかしいことでも残念なことでもない。むしろ喜ぶべきことである。
3、飲める体質の人は、アルコールの害を受ける可能性もある。将来飲むとしたら、そのときはくれぐれも飲み方に気をつけなければならないこと。
4、飲めない人に酒をすすめるのは、毒をすすめるようなものである。絶対に無理強いしてはいけないこと。ということです。
ところで、生徒たちの多くが、実体験によって自分が飲める体質かどうかを知っているということは、大変憂慮すべきことです。しかしながら、お酒について科学的に知ることは、必要であり大切なことでしょう。そこで、パッチテストで自分の体質を簡単に調べる方法を指導します。パッチテストは、専用の粋創膏(市販)を腕にはりアルコールによる皮膚反応を調べ、飲める体質かそうではないか調べるものです。アルコールによる皮膚反応は、皮膚の細胞に含まれているアセトアルデヒド脱水素酵素の活性の有無によって、皮膚が赤くなるかどうかを調べます。赤くなればその人はお酒に弱い体質ということになります。私は現在、市販品を使って授業をする準備をすすめていますが、それまでは、保健室でやってもらうよう指示しています。