あとがき

私が初めて薬物乱用問題に関わったのは、教員になったばかりの一九六七年のことでした。当時は、青少年の睡眠薬やシンナーの乱用が、大きな社会問題となりつつある頃でした。ある時、学校で睡眠薬を飲んで自殺を図った女子生徒が担ぎ込まれてきました。その女生徒は既に意識がなく、血圧も低下していて大変危険な状態でした。
私は大急ぎで校医に連絡して来て頂き、強心剤を打ってもらって近くの病院へ緊急入院させました。校医の手早い処置と病院の手当で、女生徒は二日後に意識を取り戻し、最悪の事態は避けることができました。
この時の私のショックは半端ではありませんでした。思い出すと今でも冷や汗がにじんで来ます。当時、大学では薬物についての授業は全くありませんでしたし、私自身の知識もほとんどなくて、ただいたずらにうろうろするばかりでした。この経験をきっかけに、私は薬物についての関心が生れ、自分なりに勉強を始めました。
当時の社会的状況に比べ、現代は物がたいへん豊富です。生活は便利で快適です。また、情報化時代、国際化時代でもあります。戦後の貧しい時代に育った私などは、ともすれば、物質的豊かさが幸せのバロメータと思いがちです。しかし、この物質的発展は留まるところを知らず、さまざまな弊害も生み出しています。学校では、生徒どうしのいじめや不登校、中途退学などの問題が年を追って深刻さを増しています。また、物質・経済の豊かさは、学校教育においても、ともすれば外罰的、他罰的になり、都市化は人間関係の希薄化を招きます。ストレスは増大し精神的障害も多くなります。
青少年の「喫煙・飲酒・薬物乱用」などの問題は、関係機関や人々の努力にもかかわらず、いっこうに改善の方向に向かいません。それらの開始年齢も、日を追って低年齢化していますし、ますますファッション感覚、トレンディー感覚でとらえられているようです。さらにまた、最近は摂食障害なども増え、それらはアルコールとの関連性も指摘されています。その背後には当然のごとく、企業聞の懸命な販売合戦がくりひろげられていることも見逃せません。
こうした社会的背景の中で、私たちにとってもっとも大切なことは、「たばこ・酒・薬物」についての科学的な知識を教育の中できちんと身に着けることではないでしょうか。そのためにも生命を尊重し、健康に配慮した生活態度は欠かせません。現代の社会は、年齢を問わず、他人を思い遺る心がもっとも希薄化しているのではないでしょうか。子どもたちにはもっともっと自分を大切にし、夢と誇りを持ってほしいものです。子どもたちに正しい薬害知識を教え、スモークフリー、ドラッグフリーの健全な生活の場を提供するのは家庭であり、学校であり、そして地域社会の責任です。今、改めてそのことが問い直されるべき時ではないでしょうか。わたしたち教師の責任も重大です。

ところで、私の誇りは公私にわたり多くの友人・先輩を持っていることです。健康行動教育科学研究会、保健体育研究会、そのほか大勢の仲間に支えられて今日の私があります。この本ができるまでにも、そうした大勢の人々の協力とお力添えがありました。まず、本書「Ⅱ アンケートによる高校生の喫煙・飲酒・薬物乱用の実態」では、東京都公立高等学校第二学区PTA連合会(学区長福田恒二氏)が中心となり、生徒と親のアンケート調査・研修会、シンポジュ1ムを聞いて下さり、私もこの企画に参加させていただきました。これをまとめたものが「実り豊かな高校生活を生徒と考える『高校生の飲酒と喫煙』――平成六年度活動報告」で、その中から「高校生の飲酒と喫煙」の項をここに引用させて頂きました。学区長の福田恒二氏、平成六年度第二学区校長会PTA担当幹事(前東京都立深沢等学校長)渡辺信一郎氏、PTA連合会副学区長の武田義春氏、牛島倫子先生、そして、二学区のPTAの役員の皆様にお礼を申し上げます。
また、「Ⅲ 学校で喫煙・飲酒・薬物乱用をどう教えるか」では、「アルコール・薬物を保健体育で教えるコツ――6~7時間の授業展開」の題で、アルコール問題市民協会・代表今成知美氏発行の『アルコールシンドローム』に連載したものに加筆訂正を加えて掲載しました。今成知美氏にもこの場をかりてお礼を申し上げます。
そしてまた、私の一番の感激は、「序文」を大妻女子大学教授高石昌弘先生にお書きいただいたことです。先生は、医学・保健教育の第一人者であり、日本学校保健学会等の要職のかたわら、幾多の政府の委員を歴任され「超多忙」とは、正に先生のためにある言葉です。その高石先生が快くお引き受け下さり、身に余る光栄です。これも、先生と一緒に仕事をさせていただく機会に恵まれたからこそと、感謝しています。
拙い本ですが、この本が子どもたちとともに未来を語る多くの方々に、特に学校の先生方、そのほか子どもたちの健全な育成を願うすべての方々に読んでいただけるよう、お願いします。おわりに、本書の出版に当たって終始ご指導と励ましをいただいた東峰書房の高橋衛社長に、心からお礼を申し上げます。氏との出会いは、私が鈴木健二著『子どもの飲酒があぶない――アルコール・ドラッグに触まれる若者達』(東峰書房一九九五年刊)を書評したことからでした。

一九九七年四月
東京都立深川高校教諭
原田幸男

〈五~七時間日〉シンナー・マリファナ・覚せい剤

シンナー経験者が一割も

保健体育の「アルコール・薬物」の授業もこれまでに、1、薬物依存の特徴、2、アルコールの害、3、未成年者と飲酒、4、女性と飲酒、と四時間終了しました。残り三回の授業をここに紹介します。テーマは、5、シンナーの危険、6、マリファナの危険、7、覚せい剤の危険、です。
この三時間を終えた後、翌週はまとめてビデオを観せます。『シンナーと覚せい剤・麻薬』(一橋出版刊)と『ダメ、ゼッタイ。シンナー団をやっつけろ』(財団法人・麻薬覚せい剤乱用防止センター刊)。合わせてちょうど五十分です。
では、授業に入りましょう。「シンナーやったことあるか」。私は教室に入るなり聞きます。もちろん、みんなの前で手を上げる生徒はいません。それでもたいてい何人かが、下を向きへへっと笑う姿が自に飛び込んできます。それを見て、こちらはなるほどと思うのです。
次に、「友達がやってるの見たことあるか」と、聞きます。今度はぱらぱらと手が上がる。そこで手を上げた生徒に何を見たか説明してもらいます。「ビニール袋で」、「ティッシュで包んで」、「コlラに入れて」密売の現場を見たという生徒も現れたりします。こうなると教室全体が、シンナーは自分たちのごく身近にあることを実感しはじめます。
実は前もって生徒から、シンナーについてのアンケートを取つであるのです。ある学年の男子の経験者一0・三パーセント、女子六・三パーセント。シンナー吸引の現場を見たり、吸引したと思われるところを見たことがあるものは、男女ともに三Oパーセントを越えています。ちなみにこのアンケートでは、シンナーを吸う理由は何だと思うかについても聞いています。多い順から、
1、興味・好奇心
2、嫌なことがありいらいらして
3、人のまねをして
4、本人の意思が弱いから
5、ただ何となく
6、むりやり
7、不良だから
となります。生徒たちの感覚は、ほとんどの教師が考えているものとは異なるようです。シンナーを吸うのは「不良だから」ではないのです。また、115まではどれも、誰にでもあてはまりそうな理由ばかりです。要するに、子ども達はほとんど遊び心でシンナーなど薬物に手を染めているのです。

心に深い傷を残すシンナーの害

では「シンナーにはどんな害があるか」と、質問すると、こんな答えが返ってきました。「頭がばかになる」、「中毒になる」、「歯が溶ける」など、生徒にも何となく怖いものという印象はあるのです。そこでここでは、シンナーを吸うと身体と心にどのような害があるか、具体的に解りやすく教えなければなりません。
シンナーを吸引して、いわゆるラリッた状態の若者を時々見かけますが、これはシンナーの急性影響なのです。シンナーはアルコール同様脳の働きを抑制し、麻市博させます。すなわち酪町作用と麻酔作用です。これが進むと延髄の呼吸中枢が麻癒して死に至ることもあります。危険なのは、麻療の進む速度がアルコールよりも早いことです。
知覚異常や幻覚も起こります。「体が浮いている」、「口から小人があふれでくる」、「友達の顔が恐ろしい表情に変わり目分に襲い掛かってくる」等々です。それから、長期間吸引すると慢性影響が現れます。
慢性気管支炎による咳、疾。末梢神経炎による手足のしびれ、歩行困難、筋肉萎縮。視神経の萎縮。再生不良性貧血。肝臓・腎臓の障害。脳の萎縮。そして、落ち着きがなくなる、無気力になるなどの性格的変化や有機溶剤精神病といわれる幻視、幻聴、妄想、異常行動などでいずれも深刻な症状です。
これだけ上げると生徒たちの目は大きく見開かれ、しだいに真剣に耳を傾けてきます。また、授業の冒頭で見せたビデオの生々しい映像もよみがえってきて、衝撃を受けるようです。さらには、こうした障害の中には、シンナーを止めても回復しないものもあることを教えると、いよいよショックは大きくなるようです。たとえばシンナーを止めた後でも、吸っていた当時の幻覚が突然よみがえる「フラッシュパック」などの症状を話すと、一層興味を示します。

マリファナは害がないか

かなりの生徒が、マリファナは「たばこほど害がない」と聞いているといいます。まずこれが間違いであることを明らかにしなければなりません。マリファナには発がん物質であるベンツピレンがたばこの一・七倍も含まれていること、そして、生殖器への影響があることを説明します。それから、有害性を分かりゃすく教えるために効果的なのは、ねずみの実験のスライドを見せることです。大麻の主成分はTHC(テトラヒドロカンナビノlル)ですが、このTHCの投与をつづけたねずみは互いに攻撃し合い、相手が死んだ後まで死体を噛みつ。つけるというすさまじいものです(Mouse-Killing behavior)。
もちろん、人間はマリファナをやって相手をかみ殺したりはしませんが、生徒たちに是非知ってもらいたいことは、こうした薬物を使用することによって正常な感覚が失われ、「自分が自分でなくなること」の危険、恐ろしさです。気持ちがよくなるとか、マリファナパーティで心の解放ができるとか、ふとした出来心や甘い誘惑に乗せられて、生徒たちが取り返しのつかない深みにはまるようなことになってはならないのです。

しのびよる覚せい剤

覚せい剤についても生徒たちには危険な誤解があります。大抵の生徒たちは、覚せい剤は暴力団がやるもので、自分たちには関係ないものと思っているのです。私はかつて、成田空港の税関で覚せい剤押収の現場に立ち会う機会をえ、つぶさにその現場を見てきました。そのとき、私の目の前で、末端価格一グラム一七万円の白い粉が二キロ押収されました。私はそれをカメラに収め、早速授業で生徒たちに見せました。
現在は第二次の覚せい剤乱用期といわれています。昨年(一九九六年三覚せい剤乱用で検挙された者の数は、二万六千六二四人を越え一九八九年以降では最高となりました。このうち、高校生が二一四人で、前年度の九二人に比べて、二倍以上になりました。そして、この問題は今や暴力団だけに関わることではないのです。若者や主婦などにまで乱用の波は確実に押し寄せているのです。
シンナーをやっていた生徒からよく聞くのは、「そんながきっぽいもの止めて、これにしろよ」と、覚せい剤をすすめられたというケlスです。シンナーはゲイト・ウェイ・ドラッグと呼ばれて、覚せい剤などよりハードな麻薬への入り口と呼ばれていますが、こうした言葉からもそのことがうなずけます。
シンナーの密売人というのは、あの学校には何人客がいるかまで把握しているそうです。原価で一本五O円のものを二千五00円で売りつけ、一O本買うと一本おまけしてくれたりして、一度捕まえると決して放しません。買う方はお金がなくなると、今度は自分が売り付ける側にまわります。当然友達も次第に離れていき、シンナー仲間どうしの付き合いになります。こうなると、もういつ覚せい剤に手を出してもおかしくない状況といえるでしょう。
誘惑の手口はほかにもいくらでもあります。ことに最近では、すでに述べたように中・高生などの若者の汚染が急増し、更には、これまで全く無関係と思われていた家庭の主婦などにまで広がっていますが、そうした急増の背景には使用法の簡略化――従来、注射によっていたのが最近では吸引する方法ゃ、覚せい剤をSとかスピードと呼んで恐ろしいイメージが薄れたこと、さらには「ダイエットによく効く」「疲労回復の薬がある」「二日酔いにパッチリ効く」「とっておきの眠気覚ましだ」「むしゃくしゃが取れるぞ」「集中力がつく」などと言葉巧みにすすめられるなど、大変憂慮される状況となっています。

薬物教育の四つのポイント

やがて、どんな薬物であろうと即席に気分を変えたり、面倒なことやつらいことから逃れられるといわれるようなものには一切近づかないことだ、と生徒たちは互いに話し合うようになります。もともと、生きていくことはなかなか面倒なことなのです。人間関係は面倒だし勉強も面白くない。就職や進学など将来のことを考えるのもやっかいです。しかし、そうしたことは誰にでも当てはまることで、その面倒なことを手を抜かずにやっていくからこそ生きることの喜びも大きくなるのです。
こんなレポートを書いた生徒がいます。
「中三の二学期、成績が下がるところまで下がって、ゆく学校がないと思ったとき、友達と一緒にシンナーをやった。頭の中が真っしろけになっていい気持ち。でも、後で情けなくなった。ラリッているときは何もかも忘れても、切れたとき結局何も変わっていない自分がいる。そこに気づかない人は、どんどん自分を傷つけてしまう。自分の人生なんだから、私はもう絶対自分から逃げないでやっていこうと思う」
薬物の授業でぜひとも教えておきたいことは、次の四点に要約されます。
1、自分にもいつ忍び寄ってくるかわからない、身近かなものであること。
2、身体と心の両方を傷つける有害なものであること。
3、使用すれば依存が進行していくこと。
4、失ったもの(時間も、友人も、自分も)は取り返しがつかないこと。
好奇心や快楽のために軽い気持ちで使いはじめ、やがてはそれに依存するようになり、そして、切れたとき、今度は苦痛から逃れようと薬を使わずにいられなくなる。一度そこに踏み込んだ人は、自分の力だけでそこから抜け出すことは限りなく不可能に近く大変なことを、まず教室の中で、生徒たちにしっかりと認識させることです。

自分に問いかける生徒たち

最後に、授業の前に行なった生徒たちのアンケートの答を見ていただきましょう。
「シンナーは吸ったことがないからよく分からないけど、中学のとき吸っている子がやたらに多かった。結局、自分に害を及ぼすだけで、たばこみたいに回りの人に迷惑をかけないから吸う人は吸っても別にいいと思う」
「臭いので、そばですっている人がいると迷惑だ。値段も高いし、そんなものに興味を持つ人の気が知れない」
「吸ってみたいという好奇心はあるけど、吸いすぎて死にたくはない」
「マリファナは煙草の強いやつぐらいと思う」
「近くに米軍基地のあるディスコなどでは、みんなマリファナをやっているから一般的なのかな」
「覚せい剤より軽い気がする。すぐに手に入りそうな感じ」このように、ほとんどの生徒たちは、薬物についてそれほどしっかりした知識も、また、悪いこととか怖いものという意識も持っていないことが分かります。ところが授業を終えた後、生徒たちの考えはすっかり変わっています。次にその結果も見ていただきましょう。
「友達にシンナーで一0キロもやせてしまった子がいる。止めろといえなかったけど、授業で知ったことを教えてあげたい。もしも私の一番の親友がそうなって、何を言っても止めなかったら私はどうするだろう。友達でなくなるだろうか」
「どうして暴力団の人たちは、こんなものを売って利益を得ょうとするんだろう。いくらお金が欲しいからといって、他人の生活や人生を目茶目茶にして悪いと思わないんだろうか。買いたいと思う人がいなければ薬物なんか密輸しても仕方ないと諦めるはずだけど、そうならないのはどうしてだろう」
「薬物をやる人は、心から『いけないよ』と心配してくれる人がまわりにいないのかも知れない。誰からも仲間はずれにされてしまうのが怖いのかもしれない。私は今頑張ろうと思えるものがあるし、友達もたくさんいて幸せだと思う」
ほとんどの生徒が、「私だったらどうするだろう」「薬物が身近にある社会をどう考えたらいいか」と、自分に問いかけ、そして・自分なりの答えをはっきりと出しています。
私は生徒と廊下で擦れ違うとき、いきなり声をかけてみることがあります。
「おい、ちょっと待て、シンナーやりたいと思うことあるか」
「やだー、先生、失礼しちゃう!」生徒はきゃーきゃー笑いながら駆けて行く。
生徒たちには生き生きと羽ばたいてほしい。自分の健康はもとより、他人の健康を思いやり、健全な社会に思いを馳せる心の持ち主であってほしい。そう願いながら、今日も私は教壇に立って持ち前の大声を張り上げています。

〈三時間目〉未成年者と飲酒

自己実現について考える

第三回目の授業のテーマは「未成年者と飲酒」です。生徒たちはこれまでの授業でアルコールの害について、基本的なことを頭に入れています。そこで次は、この問題を自分たち一人一人の問題として考えるよう授業を進めます。喫煙にしろ飲酒にしろ、「いけないこと」と頭から禁じるだけでは、反発を招くだけで効果が上がりません。なぜなら生徒たちの多くは、喫煙や飲酒を自分なりの自己主張としてやっているのですから。
そこで指導する側としては、たばこを吸い酒を飲むことが決して正し自己主張の手段とはなりえないし、それどころか成長期にある精神・身体に多くの害をもたらすだけで何の得にもならないこと、それよりも、高校生として今しか出来ないことがあること、などをしっかり理解させなければなりません。
授業の冒頭で私は、生徒たちが将来どのような希望を持っているかを聞いてみました。自分らしさを大切にし将来に向かって進んでいくことを、教育現場では自己実現といっています。相撲とりは自分にとっての最高の相撲をとろうと考え、いずれは横綱となる夢を描くでしょう。噺家なら、当然真打を目指して修行するでしょう。
生徒たちはこれから六十年~七十年、あるいはそれ以上の人生を生きていくことになるわけです。
これだけの時聞があれば、やろうと思えば何でもできる。「さあ、そこで君たちの自己実現とは何か」ということになります。
こんなことを言うとあるいは、今の高校生たちは白けてしまう、と思われる向きもあるに違いありません。しかし、覚めているといわれる現代っ子もスポーツの感動は知っています。頑張って勝利した時の汗と涙の素晴らしさを知っています。そして何より生徒たちは、「その教師の授業にかける情熱」を感じ取ってくれるのです。教師なら誰でもそうだと思いますが、私も教室に入れば常に最高の授業をしようと全力を尽します。いい教師となることが、私にとっての自己実現なのです。

未成年者は酒の害を受けやすい

未成年者の飲酒にはどんな危険があるかを〈下記参照〉にまとめてみました。生徒がもっとも驚き興味を示すことは、インポテンツになるということです。体内に入ったアルコールは九割が肝臓で分解されますが、一部は精巣でも分解が行なわれます。分解して出来た毒性の強いアセトアルデヒドが、成長期の精巣を直撃するのです。
また、精巣内のアルコール脱水素酵素がアルコールの処理に追われると、本来の働きである性ホルモンを作る仕事がそっちのけになってしまい、インポテンツになったり性機能の低下が起こるのです。男性ホルモンが足りなくなると副腎皮質が補給に乗り出します。ところが、副腎で作られた男性ホルモンは皮下組織に入ると女性ホルモンに変身してしまうのです。その結果バストが膨らむなどの女性化現象が起こります。

ここは、この授業の山場ですからていねいに説明します。わが校は女生徒が圧倒的多数ですが、男女を問わず酒が強い男性は男らしい、という考えが見られます。ところが、この授業でその思い込みが見事にひっくり返るのです。この「アルコール・薬物」の七回の授業の後、ほとんどの女生徒が「大酒飲みとは結婚しない」と宣言します。
さて、もう一つの山場は脳細胞への影響です。アルコールは脳の神経細胞を破壊し脳を萎縮させます。「脳の発達のピークは何歳ごろと思うか」と生徒に聞いてみます。答えは二O歳でそれ以後は、神経細胞はどんどん消滅していくのです。アルコールはこれに拍車をかけるといわれています。
「今から飲んでいる人は、もうピークを過ぎて脳の衰退期に入っているかもしれないぞ」といいながら一人一人顔を眺めていくと、瞬間深刻な表情を浮かべる生徒がかなりいます。ここで『アルコール・シンドローム』(ASK発行)創刊号の一節を引いて生徒に聞かせます。「酒を飲んだ後、耳を澄ませてごらん、脳の神経細胞が悲鳴を上げながら壊れていく音が聞こえるよ」と。

狙われているのは君たちだ

未成年のうちから飲酒するなど、自分で自分の首を絞めるようなものだ、と大人は考えるかもしれせん。ところが生徒たちを取り巻く環境を見ていただきたいのです。まるで、飲め飲めとけしかけんばかりの風景が展開されています。たとえば酒の自動販売機、こんなものが国中至る所に置かれているのは、世界中を見渡しても日本だけです。「未成年者飲酒禁止法」という立派な法律があっても、年令を見分けることのできない自動販売機で、コイン一つで酒が買えるのです。
「先生はこの矛盾を声を大にして追及している。しかし、君たちは今、自動販売機がある社会で生活している。どうしたらいいか」と、問うと、自動販売機を全部とっぱらつてしまえ、という勇ましい意見の生徒もいます。しかし、ここではまず、自分たちの身を危険からいかに遠ざけるかについて話し合うよう指導します。
危険な誘惑はほかにもあります。その際たるものがテレビなどのコマーシャルです。企業は莫大なお金をかけて宣伝しています。そこで特に狙われているのが、若者と女性なのです。「君たちの好きなタレントの出ているお酒のコマーシャルがあるだろう。それらの中で、思わず飲みたくなるようなおいしそうなコマーシャルやかっこいいコマーシャルがあったら集めてきてほしい。新聞、雑誌そのほかなんでもいい。これが次の授業までの宿題です。

表 未成年の飲酒の危険

脳の発達は20歳がピーク
→アルコールは脳の神経細胞を破壊し、成長期の脳を老化させる
肝臓 肝臓が一生の聞に代謝できるアルコールの量には限度がある
→早く欽み始めると肝臓も早くダウンする
その他の
内臓
若年者はアルコール分解酵素が未成熟
→内蔵が長時間アルコールやアセトアノレデヒドの害にさらされる
生殖器 アルコールは成長期の精巣・卵巣を痛めつける
→インポテンツ、月経不順など性機能が低下す
依存症 早くから深い酔いを覚えると、大量に飲まないと酔えなくなる
→アルコール依存症への近道
自己実現 アルコールの酔いは困難な状況からの逃避手段になる
→困難に打ち勝って自己実現をめざす方法を学べない

〈二時間日〉アルコールの室口

手づくりのOHPやボードを使って

「アルコール・薬物」の授業は二時間目からいよいよ肝心なところへ入ります。テーマはアルコールの害。この日の授業は大変忙しい。授業のポイントを上げると、
1、アルコールが体・心・家庭などに及ぼす害
2、アルコール依存症とは何か
3、酔いとは何か
4、体内に入ったアルコールの分解過程
5、飲める体質・飲めない体質
これだけを一気にやてしまいます。五時限目の眠い授業でも生徒たちは居眠りしている暇はありません。では、「アルコールの害」といわれて生徒たちはまず何を思い浮べるのでしょうか。早速聞いてみましょう。

胃・腸・十二指腸・肝臓・すい臓障害・糖尿病.高血圧・心筋症・脳・神経障害・ガンなど
アルコール依存によるイライラ・疎外感・自信喪失・自己嫌悪・不眠・妄想・自殺など
信頼感の喪失・不和・嫉妬・暴力・経済破綻・離婚など
子供への虐待・情緒不安定・孤独・自己否定・登校拒否・非行・暴力なと
妊娠中の飲酒による胎児性アルコール症候群(奇形・知恵遅れ)発育不全・流産・死産など
二日酔いによる怠業・欠勤・ミス・病気欠勤・生産・能力低下・勤務中飲酒による事故など
交通事故・転落事故・過失火災・放火・けんか・傷害・性犯罪・暴力・殺人など

「飲酒運転をして交通事故を起こす」、「酔っ払ってけがをする」、「イッキ飲みでアルコール中毒になる」、「飲み過ぎて肝臓を悪くする」、「アル中になる」、等々いろいろな答えが返ってきます。新聞記事を集めさせた効果もあるのかよく知っています。生徒たちの答えが出尽くした頃を見せ、アルコールの害について整理します。私は、こうした図や表はすべて手ずつくりしOHP(投影フィルム)やボードにして授業に活用しています。OHPやボードにしておくと何度でも繰り返し使え、持ち運びにも便利だし、さらに必要なところはその場で書き込んだり注意点も指し示したり自由自在で、是非おすすめしたい方法です。

酒でなくなった有名人は

さて、このOHPを使ってアルコールが体・心・家庭に与える害・職場に与える害などを生徒に順番に読み上げてもらいます。アルコールの害で生徒がびっくりすることが二つあります。
一つは酒は身体に害を及ぼすだけではなく、家庭をめちゃくちゃにしたり家族を不幸にする。仕事を持っている人は仕事にも支障をきたすようになる。そういえば、と数人が手を上げる。「高校生が酒乱のお父さんを殺した事件があった……。」
もう一つ生徒が驚くのは、「酒がもとでかかった病気で死ぬことがある」という事実です。そこで「酒で死んだ有名人を誰か知っているか」と聞くと、生徒たちは互いに顔を見合わせ首をかしげているので、美空ひばり、石原裕次郎、江利チエミ、有吉佐和子……と名前を上げていくと、もちろん生徒たちは意外そうな顔をします。
一晩にウイスキーのボトル1~2本空けて平気だったという美空ひばりは、五二歳でなくなる十数年前から肝硬変に苦しんでいたそうです。死亡したときはアルコール性肝硬変の末期だったといいます。加えて大腿骨骨頭壊死という難病も抱えていました。どちらもアルコール依存症者によくみられる病気です。石原裕次郎は水がわりにビールをラッパ飲みしていたそうです。肝細胞がんで美空ひばりと同じ五二歳で亡くなりました。
江利チエミは吐いたものがのどに詰まって窒息死したと言われています。アルコール依存症者にはこうした危険も常につきまとっています。また、有吉佐和子の急死は、アルコールと睡眠薬の併用によると言われています。これも大変危険な行為です。こういう話をすると生徒たちは、シーンと静かになります。尾崎豊は生徒たちにとって今も憧れの人です。彼もアルコールと覚せい剤が原因だったと付け加えると、生徒たちは改めて恐ろしさを実感することになります。

アル中のイメージを変える

マスコミは市申し合わせたように黙っていますが、ここに上げた有名人たちはアルコール依存症だった可能性が高いのです。そこで次はアルコール依存症について話します。生徒たちにアル中のイメージを聞いてみると、「朝から酒を飲む」、「仕事もしないで駅や公園で寝転がっている」、「家族に暴力を振るい、妻子が逃げだす」などと、多くは答えます。
しかし、アルコール依存症は職業、性別、その他に関係なく誰でもがかかる病気です。有名人も、医者も学者もいます。もちろん普通のサラリーマンも大勢いるのです。若い人も女性も例外ではありません。むしろ、若い人や女性の飲酒は依存症になりやすく、問題が大きいことも強調しておくことが大切です。ここでは、アルコール依存症になるのはダメな人だ、という誤った考えを植えつけないよう気をつけなければなりません。あくまでも酒が原因の「病気」であることをしっかりと教えることです。しかも、一度かかると回復するのが大変厄介な病気であることです。
私のこれまでの経験によると、生徒の父親の一O人に一人は、何らかのアルコール問題を抱えているように思われます。酔って家族に暴力を振るう父親もいます。父親に問題のある生徒は、「アルコールが家庭生活に与える害」などの話になるとうつむいて発言出来なくなります。そうした生徒を傷つけないよう授業を進めることも、大切な授業の要点です。
そして、もう一つ忘れてならないことは、アルコール依存症は病気だからきちんと治療をすれば治ること、お酒を止めるための自助会――断酒会、AA(Alcoholic Anonymous)その他があることを教えることも大切です。もっとも問題なのは、本人も家族もそれが「病気」であることを知らずにいることなのです。

酔いとは何か

こんなにも害のあるものを人はなぜ好んで体内に入れるのだろうか。その答えは、酔うためです。では、酔いとは何か。生徒にしばらく考えさせてから「酔いとは、脳が麻市博すること」と、教えます。ここでも左の表をを使いながら、アルコールの濃度が高まるにしたがって脳の麻薄が広がっていく様子を説明します。
3-2-1
最初はアルコールに酔って大脳新皮質の活動が弱まって、理性が麻療するために心地よい酔いを感じるが、麻庫が小脳にまで広がるとまっすぐ歩くことができず千鳥足になります。さらに酔って麻療が海馬にまで及ぶと、自分でやったことを次の日に覚えていない(ブラックアウト)。そして、麻癖が呼吸中枢に及べば死んでしまいます。
左を見てほしい。麻療が脳全体におよび「泥酔」段階になると、急性アルコール中毒と呼びます。寒い季節には、意識がもうろうとして眠り込み凍死したり、吐いたものがのどに詰まって窒息死したり、車道に寝込んで車に跳ねられたりと、危険がいっぱいです。
ここに至る前の千鳥足の兆候は、「これ以上飲むと急性アルコール中毒になる、もう絶対に飲むな」のサインなのです。ところが、このサインが表れるまでにはおよそ三十分のタイムラグがあります。
飲んだアルコールが血管に吸収されて血中濃度が高まるには、三十分ほど時聞がかかるのです。では、飲むぺースが早いとどうなるか。たとえばイッキ飲みをした場合です。イッキ、イッキとはやしたてられ、立てつづけに流し込んだアルコールは、三十分かかって身体中に行き渡り、血液の中のアルコール濃度も一気に高くなります。気が付いたときには泥酔段階も通りこして、脳全体に麻療が広がって急性アルコール中毒です。これまでにも、実際、実に大勢の大学生や若者がイッキ飲みで大切な命を失っています。「イッキ、イッキ」とはやしたてる側の責任も大きく、イッキ飲みなど決してしない・させないと一言う心構えを準備させることが大切です。昨年、名古屋のある大学で起きたイッキのみ死亡事故に対して、市民団体が容疑者不特定のまま愛知県警に、傷害致死罪と傷害現場助勢罪で告発するというような事件も起こっています。

一単位をたたきこむ

アルコールの分解過程の中で特に大切なことは、私たちの身体にそなわった分解能力には、一定のスピードがあるということです。お酒を大量に飲めば分解にそれだけ時聞がかかるわけです。「君のお父さんはどれくらい飲む」とたずねると、「ウイスキーを、グラスで七、八杯かな」などと答える生徒が時々います。
「それは飲み過ぎだ」、というわけでアルコールの単位の話をします。日本酒なら一合、ビールは大ビン一本、ウイスキーならダブルで一杯。これが一単位です。一単位にはおおよそ二0グラムの純アルコールが含まれていますが、これが体内で分解されるためには約二~三時間が必要です。
したがって、三単位のアルコールが体内で分解されるためには、約八時間かかります。ということは、これ以上飲むと翌朝になっても体内にアルコールが残ってしまうことになります。酒くさい息を吐き、酔った状態でその日が始まる。車の運転をすれば立派な飲酒運転です。
生徒の頭にこの一単位の考えをたたきこみ、将来自分が酒を飲む場合にも害を受けないためにはせいぜい二単位までにしておくよう、教えます。とはいうものの、実を言うと、極たまには私も2単位を越してしまうことがあります。するとたちまち生徒たちに、「先生、お酒くさいよ。昨日何単位飲んだの」などと言われ、猛反省をさせられるというわけです。

飲める体質、飲めない体質

最後は体質の話です。白人や黒人は「飲める体質」ですが、日本人には「飲める体質」の人と「飲めない体質」の人が約半々といわれています。ここで、酵素ADHとALDHの登場です。体内に入ったアルコールは、まずADHの働きによってアセトアルデヒドになります。そして、このアセトアルデヒドはALDHの働きによって酢酸・炭酸ガス・水に分解されて最後は体外に排出されます。
飲めない体質の人というのは、このALDH酵素の働きの弱い人ということになります。では、こういう人が酒を飲むとどうなるか。アセトアルデヒドの分解が遅く体内にたまるために悪酔い、動停、頭痛、吐き気などをひき起こし大変苦しい状態になります。
生徒たちの多くは、実はアルコールを飲んだことがあるので、自分が飲めるか飲めないかをおおよそ知っています。「自分が飲めない体質と思う人」とたずねると、ためらいがちにばらばらと手が上がります。そこで話しておくことが四つあります。
1、飲めないのは体質によるので、練習しても飲めるようにはならないこと。
2、飲めないことは恥ずかしいことでも残念なことでもない。むしろ喜ぶべきことである。
3、飲める体質の人は、アルコールの害を受ける可能性もある。将来飲むとしたら、そのときはくれぐれも飲み方に気をつけなければならないこと。
4、飲めない人に酒をすすめるのは、毒をすすめるようなものである。絶対に無理強いしてはいけないこと。ということです。
ところで、生徒たちの多くが、実体験によって自分が飲める体質かどうかを知っているということは、大変憂慮すべきことです。しかしながら、お酒について科学的に知ることは、必要であり大切なことでしょう。そこで、パッチテストで自分の体質を簡単に調べる方法を指導します。パッチテストは、専用の粋創膏(市販)を腕にはりアルコールによる皮膚反応を調べ、飲める体質かそうではないか調べるものです。アルコールによる皮膚反応は、皮膚の細胞に含まれているアセトアルデヒド脱水素酵素の活性の有無によって、皮膚が赤くなるかどうかを調べます。赤くなればその人はお酒に弱い体質ということになります。私は現在、市販品を使って授業をする準備をすすめていますが、それまでは、保健室でやってもらうよう指示しています。

アルコール・薬物を保健体育で教えるコツ――六~七時間の授業展開

保健体育教師よ頑張ろう

わが校では従来から、保健体育の授業でアルコールの害についての指導を実施しています。その中でいくつか独自の方法も試みており、かなり満足すべき成果を上げています。そこで、その授業の模様をここで皆さんにご紹介したいと思います。
さて、保健体育の授業は、当然体育の教師が行なうわけですが、われわれ体育教師は、いつもトレパンに体操着という印象が強く、その上この格好で教壇に立って授業を進めるのは、われながら締まらない気がします。
そこで私は、保健体育の授業には気分を一新して、白衣を着て教室に向かうことにしています。すると、生徒たちもこころなし、ボールを小脇きに号令をかけている時とは違った表情で私を迎えてくれるような気がします。とはいえ、私のほうは、教壇に立っても運動場で身につけた大声は少しも変わらないのですが。
ところで、多くの方々は体育の先生というと頑強で病気しらず、健康そのものと思っておられることでしょう。しかし、私の見たところでは必ずしも健康的とは言えない先生が多いのです。その代表選手が、授業が終って職員室へ帰ってくるなり、たばこをプカプカやり始める先生です。酒豪もいます。私自身はたばこは吸いませんが、酒に関してはあまり大きいことは号一守えません。むちゃ飲みこそしないものの、時には休肝日と定めた日につい一杯ということもあるからです。生徒に健康教育をする立場のものとして、これは反省しなければなりません。自分も含めて、体育教師自身の意識改革がまずもって求められることかもしれません。

アルコール・薬物には七時間かけよう

現在、わが校では保健体育の授業を週一回ずつ一、二年生で履修しています。以前は二、三年でやっていたのですが、三年になると授業はほとんど二学期で終ってしまいます。時間が足りず、勢い駆け足で講義を進めざるをえない。そこで私が着任した年から、一、二年でやるようにプログラムを変更してもつらたのです。
保健体育で教えるべきことは数えきれないほどあります。その中で、私は「たばこ」と「アルコール」「薬物」の問題にかなりの比重を置いています。
参考までに私の授業のおおざっぱな割り振りを申し上げますと、「たばこ」に三時間、「アルコール・薬物」に六時間位を当てています。アルコールと薬物は、六~七時間の中で同時進行させながら教えます。別々に指導するよりずっと効率がいいし、生徒もより具体的に理解できるからです。六~七時間というと一年の実質的な時間数からみるとおよそ四分の一も割くことになり、少々取り過ぎと思われるかもしれませんが、しかし、どう考えてもこれくらいは必要なのです。
アルコールは現在、生徒たちにとってかなり身近かなものであり、そして同時に、大変危険なものでもあります。現在は危険でなくても、将来危険になる可能性もあります。そこでなぜ、どこが危険なのかを教えるためには、単に「飲み過ぎるとアルコール依存症や肝硬変になって早死するぞ」と、脅しを掛けるだけでは抑止力になりません。「だれでもそうなるとは限らないんだから、自分はならないほうにかけて飲む」といわれれば、はいそうですか、となってしまう。第一「自分の身体なんだから、自分の勝手だ。先生の知ったことか」といわれればそれまでです。
生徒にそんなふうにいわれて戸惑わないためには、どうしても六1七時間が必要なのです。これだけの時間があれば、生徒の頭にアルコールの本当の姿がとことん叩き込めます。メーカーの宣伝文句でなく、友人の甘い誘いの言葉でもなく、父親たちの考えているようなお酒の効用でもない、本当の姿です。ところがその結果、ごくたまには私が飲み過ぎて、翌朝学校で生徒たちにここぞとばかりお説教をくらい「ごめんなさい」と謝るはめになることもあるのですが。
印象的な成果があります。アルコールの授業を終えて数カ月たった頃、今度は結婚生活をテーマにした授業の時のことです。私が授業に入る前、「理想の結婚相手の条件を、幾つでもいいから書いて出しなさい」と生徒たちに言って用紙を配ったところ、年収についての条件を厳しく上げたもの、親との別居が条件というもの、土地付き家付きが条件というもの、中には性的能力について注文をつけるものまであって、毎日接していてそれなりに生徒のことは理解しているつもりでありながら、なるほど現代っ子というのはこういうものかと今更ながら感心したりあきれたりしたのでした。
ところが、予想外のことがあったのです。それは、「毎晩お酒を飲む人は避ける」、「飲み過ぎない人」、「飲酒しない人」、「酒をたくさん飲む女性はだめ」と。あれ、と思ったら、出てくる出てくる、かなりの生徒が酒に関する条件を付けているのです。また、「たばこを吸わない人」という答えも大変多く、これなども授業の成果の表れではないかと、読みながらひとりほくそ笑んだことでした。

春休みの「課題」から授業は始まる

さて次は、一年間のどの時期にその七時間をとるかです。この六~七時間は、もちろん連続していなければ意味がありません。前の授業でやったことを生徒が忘れてしまっては、話を進めるうえで支障をきたすし後で述べる資料の保存にも問題が出てきます。
ところが連続して六~七時間とるとなると結構難しい。学校行事などでつぶれることも多いし、月曜に授業があるクラスなど、代休のあおりで一カ月も授業ができないこともあります。しかし、のびのびになった挙旬、途中で夏休みや冬休みに突入してしまうのは、何とも具合が悪いのです。
そこで私の場合、一学期の最初の授業から早速アルコールの授業を始めます。それでも何だかんだと授業が流れて、結局は夏休み直前までかかってしまいます。休み開けすぐに始めるのには、もう一つ理由があります。それは二年生の場合ですが、新学期が始まる前の休みを有効に使って、私は生徒に一つ課題を与えることにしています。それは、休みの聞に、新聞や雑誌を読んでアルコール、薬物に関する記事を集めてスクラップブックを作ってもらうのです。

1時間でもこれだけ教えられる
アルコールで4時間、薬物で3時間とるのは無理、という声も多い。そこで、1時間でも展開可能なアルコールの授業を表にしました。できれば2時間とって、パッチテストやビデオ、ディスカッションなど生徒が参加し実感できる部分を盛り込むとよいでしょう。なお、ここではアルコールだけを取り上げたが、薬物については中学でシンナーをぜひ、高校ではシンナー・マリファナ・覚せい剤jを扱ってほしい。

「中学」ポイントはアルコールの急性影響と、未成年者の飲酒の害

中学生の飲酒実態 どんな理由でどれくらい飲んでいるか。事前に「わが校の飲酒実態」をアンケト調査しでもよい。
酔いとはなにか 理性を司る大脳のコントロールが「マヒ」して酔いを感じる。アルコール血中濃度が高まるにつれ脳のマヒは進行。
急性アルコール中毒・イッキ飲みの危険 泥酔状態を過ぎるとさまざまな死の危険が。実例を話しながら生徒によく実感させる。
飲める体質 飲めない体質 アルコールは体内でどのように分解されるか。遺伝による体質の違いをノマッチテストで実感させる。
未成年者の飲酒の 若い時代はしらふでストレスと立ち向かうことを覚える時
デメリット 期。飲酒に逃げることの危険。
未成年者飲酒禁止法 未成年者を罰するのではなく守る法律。

「高校」ポイントは、アルコールの慢性影響と、社会的視点

高校生の飲酒実態 どんな理由でどれくらい飲んでいるか。事前に「わが校の飲酒実態」をアンケト調査しでもよい。
アルコールは「薬物」 依存を引き起こす「薬物」とは。
身体への影響 肝臓の病気、その他の障害について。
アルコーノレ依存症 依存症は長年飲み続けるとかかる病気。治療で回復する。
女性・若者の飲酒増加 飲酒増加の背景。CM、自販機問題など。
飲酒の女性への影響 女性は男性の半分の飲酒期間で、肝硬変や依存症に。妊娠中の飲酒はFAS(アルコーノレ胎児性症候群)の危険が。

スクラップブックに関しては、たばこの授業の場合も同じ方法をとっています。夏休みの宿題としてスクラップ作業をやってもらい、生徒はそれぞれ自分なりのたばこの情報を持参して授業の席に着くことになります。こうしたやり方も、生徒が進級するにつれて次第になれてきて、なかなか手の込んだスクラップブックも登場するようになります。「学生の飲酒」、「飲酒と交通事故」、「喫煙と飲酒の関係」、「シンナーと麻薬」、「外国での出来事」、そのほか、テーマごとにそれぞれ自分なりに整理して、それぞれの記事に細かい字でコメントを書き込んだ優秀作もあります。面倒なようですが、やらせてみると生徒たちも結構楽しそうで、毎朝父親と新聞を争って読んだ、とうれしそうに報告する生徒も出できたりします。ちなみに、宿題を提出しない生徒はこれまで一人もいません。
春休みというとたった二週間の短い期間ですが、アルコール・薬物に関する記事はほとんど毎日のように載っています。前年の夏休みのものと合わせると結構な厚さになります。貴校でも一度やってみてはいかがでしょう。
生徒の作ったスクラップブックは、私が大急ぎで目を通した後に一回目の授業で返却します。これは、これからの授業の大切な資料となります。それぞれの授業のポイントで、関連のある記事を生徒が捜し出して発表しあいます。たとえば、「未成年と飲酒」についての授業で、「このテーマで何か思いつくことがあるか」と聞くと、生徒はすかさず自分のスクラップブックの中から「大学生がコンパでイッキ飲み。急性アルコール中毒で死亡」の記事を見つけ出して読みあげます。そこで私は、「イッキ飲みの危険について」から入ることにします。
このようにして生徒は、教師の話と自分で前もって得た情報とを絶えず照らし合わせることができ、問題をより身近なものとして考えることができるようになります。そしてまた、授業への興味を持続させるためにも極めて有効な方法です。なお、六1七時間の授業の構成は、表にしてありますので貴校での授業計画の参考にご利用下さい。

表1「アルコール・薬物」7時間の授業の展開

I 薬物依存の特徴
依存性薬物の分類と特徴とは?
アルコーノレは危険な「薬物」だ
すべての薬物は精神依存をきたす
なぜ人は薬物を求めるのか?
II アルコールの害
酒を飲むとどうして酔うのか?
アルコールが体や心に及ぼす影響
家庭や社会生活に及ぼす影響
飲める人と飲めない人がいるのはなぜ?
Ⅲ 未成年者と飲酒
若いときの「自己実現」について考えよう
アルコールが脳に与える影響
男性・女性の生殖機能に与える影響
IV 女性と飲酒
女性の飲酒が急増している
かっこいいお酒のCMのターゲットは誰?
女性はなぜ「酒に弱い」のか?
飲酒が胎児に与える影響は深刻男の子もちゃんと知っておこう
Ⅴ シンナの危険
こんなに身近にある落し穴
シンナは「ゲイト・ウェイ・ドラッグ」
VI マリファナの危険
世界でもっともポピュラーな薬物
「マリファナはタバコよりまし」はウソ
VII 覚せい剤の危険
若者や女性も狙われている
最後に
薬物の誘惑に負けないために「自己実現」の人生を楽しもう

Q15、「未成年者が喫煙すると心や身体に害があることを知ってい ますか?」

q15未成年者の喫煙による健康上の害について、「知らない」とする回答は、統計上は無視しても良い程度の数値であり、ほとんどの生徒はそれを知っていることが分かる。しかも、そのうちの約三分の二は「具体的な内容を知っている」と回答しており、それはQ12~14の記述内容からも窺える。これは、飲酒の場合と異なる点であり、社会的に喫煙の害が浸透しているからであると思われる。
喫煙経験者のみについての調査では、男子については、有意差が生じなかったものの、女子の喫煙経験者については、「具体的な内容を知っている」とする回答が七Oパーセントとなり、男子に比べ、健康上の害を気にかけながら、喫煙している生徒が多いことが窺える。

Q14、「喫煙についての思いを自由に表現して下さい」

(1)飲酒のQ18と同様、大人あるいは社会一般に対する自由な意見を期待したが、Q13と同旨の内容附を記述したものも少なくない。内容的には、喫煙マナーの悪さ、健康上の害等を希望する趣旨のもの蜘が多かった。中には、煙草の製造禁止や警察の取締り強化を求めるものもあった。Q13と重複しない日範囲で、そのいくつかを紹介する。
●吸ってもいいから、他人に迷惑にならないように吸ってくれ。レストラン、エレベーター、駅のホーム等のマナーをもっと心得てほしい ●吸うのは構わないけれど、吸わない人に気をつかえない町いようなら、吸ってはいけないと思う。何も学校で吸うことはないし、特に町の中で吸うのはどうかしていると思う。大人にしろ、子どもにしろ、タバコを吸うなら周囲の人聞に気を使ってほしい。は吸殻をその辺に所かまわず捨てるのもやめた方が良い。決して自分が掃除するのではないから。 ●一番忘れないでほしいのは、タバコを吸っている本人よりも吸わない人の方が害が大きいこと、自分はタバコを吸わないのに、ガンなんかになるなんて冗談じゃない ●タバコの煙は本人だけでなく、他人の健康をも害する。しかし喫煙する権利を奪える訳でなくて困る。せめて禁煙場所をもう少し増やし、喫煙所をちゃんとした場所に設置して、喫煙者と非喫煙者を分けるべきだと思う ●未成年者だけに害があるとは思わない。成人の人もやめた方がいいのでは。未成年者だけに吸うなと言うのは差別だ ●高校生に吸うなとか、身体に悪いって言うんなら、外国みたいに自動販売機で売るなよ。閉その一方で、個人の自由とする記述も若干あり、「気分転換なら良いと思う」「マナーを守らない大人より、マナーを守って吸う高校生の方が健全」等の記述があった。
(3)更に、生徒の指導にあたるべき保護者や教師に対する鋭い批判も少なくなかった。そのいくつかを紹介する。
●中学の文化祭で展示した(健康展)を見せて、親にやめてと言っても、やめてくれない。それで私が吸って文句を言われでも説得力なんてない ●親は家の中では吸わないけど、外で吸っていて、私はタバコの匂いが嫌いなので、許せない ●タバコを吸って、酒を飲んでいる教師やPTAに「タバコ、お酒は身体に悪いんだ」と言われでも、「じゃ、お前らもやめろ。成年者でも身体に害があることを具体的に知っていますか」と聞いたい。 ●結局、学校とかでも先生が「タバコを吸ったのが見つかったら退学だ」とか言うことがかえって悪いと思う。しかも職員室は煙だらけだし、煙を吸うことも私達の身体に良いとは言えないと思う。口先ばっかりで、大人はあまり考えていないし、吸わないための努力もしていない。自分達が動かないのに、高校生に何を強制しても駄目だと思う。喫煙に関する本(又は飲酒)とかを都では作っているのだろうけど、そんなことで改善される訳がない。大人が変わらないから。喫煙も飲酒も、何が悪いって先生たちの努力が足りない。「ダメダメ」って、それでやめた人は何人いるのか。せめて喫煙室でも作ったらどうですか。でも何かしなければ高校生は変わりません。大人の煙が嫌いです。

Q13、「高校生が喫煙することについてどう思いますか?」

(1)高校生の喫煙に対する「思い」をその趣旨により「良くない」「良い(条件付)」「個人の自由」に大別すると、ほぼ六:一:三の比率となり、飲酒の場合と大きく異なっている。「良くない」とする記述は、一年生では七Oパーセント近くを占めるが、学年が進むにつれて減少し、三年生では半数を若干数割り込んでいる。「良い(条件付を含むことする記述及び「個人の自由」はその逆で、三年生と一年生の記述数を対比すると、前者は約二・五倍、後者は約一・五倍に増加している。これは、学年が進むにつれ、喫煙経験者が増加し、また、喫煙回数が増加することと対応していると思われる。hoshi4
(2)「良くない」とする記述のほとんどは、ただ単に「良くない」「やめるべきである」との結論のみを記述するか、あるいは、健康上の害を理由とするものである。「他人の迷惑となる」「高校生の喫煙は格好が悪い」等の理由を記述するものも多少あるが、法律モラル等を理由とするものは僅かである。旦(体的な例としては、次のような記述があった。
●一番成長している時なんだから、将来を考えると、一番やってはいけない行為だと思う ●喫煙している高校生を注意しないのはどうかと思う ●異常だと思う。高校生喫煙者の大部分は、タバコを吸うことが格好いいもの、ファッショナブルなものだと思っているのだろう。成人すれば思う存分吸えるものなのに、今から吸うなんて、意気がっているだけ。外人モデルが登場するタバコのCMも悪影響を与えているのではないか ●タバコなんか、ただの興味だと思う。他のことに興味をもって自分の大切さに気付いてほしい ●精神的に辛いことがあっても、他に幾らでも落ち着かせる物はあるから、やめてほしい。
(3)「良い」とする記述のうち、条件付のものと無条件のものとを対比すると、全体としてはほぼ一対一であるが、学年が進むにつれ、無条件のものが相対的に増加し、条件付のものが相対的に低下している。無条件のものとしては、一年生では「悪くない」と、控えめな表現が比較的多いのに対し、学年が進につれて、「良い」と言い切り、あるいは、「人に迷惑はかけていない」「もう大人である」等の記述が多くなっている。
条件として、次のような記述があった。
●マナーを守れば ●他人に迷惑をかけなければ ●学校外であれば ●場所を弁えておれば。
更に、次のような記述もあり、問題の深刻さを窺わせる内容である。
●放って置けば良い ●別にいいじゃん ●どうでも良い。
(4)その他に、大人のあるいは社会の責任を指摘するものとして、次のような記述があった。
●今の大人達も高校生ぐらいでタバコを吸っていたんだから、今さら大人に言われでも説得力がない ●精神的に落ち着かないから吸っている人だけでなく、そういう環境を作ってしまった大人にも責任があると思う ●自動販売機で簡単に買える社会にも問題があると思います。

Q12、「喫煙しないのはどうして?」

(1)何らかの形で、健康上の害を上げる記述が圧倒的に多く、全体で約三分の二に達する。これは、保健体育等における健康教育の成果を抜きにしては考えられない。次いで、タバコに対する何らかの嫌悪感を表現したものも多く、全体の約四分の一に達する。ところが、法律・モラル等を理由とする記述は、一Oパーセントにも達しなかった。
hoshi3(2)健康上の害を理由とするものとしては、次のような記述があった。
●ガンになり易い ●肺に悪い ●のどに悪い、咳込む ●ぜん息に悪い ●歯に悪い(汚くなる) ●肌が荒れる ●心臓に悪い ●将来の出産に悪影響を及ぼす ●身長が伸びない ●百害あって一利なし ●スポーツをするための体力・持久力がなくなる ●中学生や高校生の喫煙による害を調べたことがあるからタバコの害のビデオを学校で見たから。
(3)嫌悪感を理由とするものとしては、次のような記述があった。
●嫌い ●けむい、汚い・苦い、まずい ●ヤニが嫌い・喫煙者のそばにいるだけで嫌い。
(4)法律・モラル等を理由とするものとしては、次のような記述があった。
●未成年だから(法律で禁止されているから) ●父に吸うなと言われている ●先生に叱られる。
(5)外見上の理由を内容とするものとして、次のような記述があった。
●父が毎日ゲホゲホと咳をして苦しそうだから ●おじんくさい ●不良つまい。
(6)その他には、「癖になる」「何となく」「興味がない」等の記述があった。

Q11、「どうして喫煙するの?」

hoshi2(1)「やめられなくなった」「何となく」「おいしい」等の記述が多く、その生徒は、喫煙が習慣化していると思われ、約半数に達している。また、ストレス解消を意味する理由を記述した生徒は習慣化が一層進んでいると言って良く、これもかなりの数に上っている。「好奇心・興味」と記述した生徒は、喫煙経験が比較的浅い生徒と思われる。習慣化が顕著に窺える記述が多い。
(2)習慣化と思われる内容として、次のような記述があった。
●特にないが、吸ってみたくなる ●何となく癖になった ●吸わないではいられない ●最初は好奇心で吸っていたが、いつの間にか、やめられなくなった ●やめようと思うがそれだけの自制心がない ●ただ吸いたいから ●暇だから ●生活の一部。
(3)ストレス解消を内容とするものとして、次のような記述があった。
●イライラするから、落ち着くから ●気晴らし ●イライラが頭の動きをにぶくするが、吸うと治まる ●淋しいから ●人生に疲れたから ●やり場のない時、僕を救ってくれるから。
(4)「おいしい」等、喫煙に快楽を求める内容としては、次のような記述であった。
●おいしい、すっきりする、気分が良くなる ●まったりとした気分になる ●煙が好き。
(5)その他に、「身体に悪いことは誰でも知っているが、吸うのは自由だ」「飲んだ時は吸いたくなる」「女の子がいたから、格好をつけて、吸うようになった」等の記述があった。

Q10、「喫煙の指導・注意を受けた時、あなたはどう思いましたか?]

hoshi1(1)Q10~Q14については、飲酒のQ14~Q18と同様の理由から、記述内容の概括的な傾向と代表例を紹介する。
(2)Q10は「反省した」との記述が一番多く、「何とも思わない」という記述数を上回っており、飲酒の場合と異なっている。その一方で、「やめられない」という記述がそれに近い数値に迫り、「やめよう」という記述はその約三分の一に過ぎない。喫煙の指導・注意に対し、一応は反省の念を抱くものの、喫煙が習慣化している生徒が相当割合に達していることが窺える。
(3)「反省した」「やめよう」という内容としては、次のような記述があった。
●目が覚めた ●病気のことを教わって、恐いと思った ●その通りだと思った ●有り難いと思った ●罪悪感を感じた。
(4)これに対し、「何とも思わない」「やめられない」という趣旨のものとしては、次のような記述があった。
●うるさい ●別に ●どうでもいいじゃん ●運が悪いなあ ●その通りだが、両親も吸っているので、聞かない ●困ったなあ ●やめようと思うけど、やめられないで、少し本数を減らそう ●(先生に)見つからない所で吸おう。
(5)その他に、「男女で差別されたから、ムカついた」という記述もあった。

Q9、「喫煙について、家の人から注意を受けたことがありますか?」

q9-a喫煙に関する注意の有無については、「ある」の解答は全体では約五一パーセントであるが、男子では約六Oパーセント、女子では約四三パーセントであり男女差が若干存在する。これはQ8の調査で喫煙の事実を認識している家族の割合が、男子のほうが高いこととも連動しているのであろう。誰が注意したかについては、注意を受けた生徒数を前提にすると、父の五Oパーセント近く、母の七Oパーセント近くが注意したことになる。
注意の内容については、注意を受けた生徒数を前提にすると、全面禁止が相対的には多いものの一二Oパーセント強に過ぎない。「その他」の内容としては、喫煙の相手、機会、吸い殻処理などの注意が比較的多い。
q9-b
この調査結果を前提とするかぎり、喫煙経験者のうち男子は約四Oパーセント、女子は六Oパーセント近くの生徒が全く注意を受けておらず、また、注意を受けた場合も全面禁止は三Oパーセント強に過ぎず、飲酒に比べると事実認識の困難性があることを考慮しても、多くの保護者が喫煙を容認していることは否定できない。生徒が実際に受けた注意の内容としては、次ぎのような記述があった。
q9-c●よくないよ、やめなさい ●女はやめろ ●肺ガンになりやすい ●変な子が生れるぞ ●あんたの身体のことを言ってるのだから、やめなさい ●百害あって一利なし ●酒はいいから、タバコはやめろ ●家でふかすくらいならいいが、煙を吸い込むな ●吸いすぎるな、量を減らせ ●いたずら程度にしなさい ●くさい ●まわりが迷惑だ ●煙になる ●外では吸うな ●学校で見付からないようにしろ ●親の前では吸うな ●家だけは燃やさないで ●寝タバコするな。

Q8、「あなたが喫煙することを 家の人は知っていますか?」

q8-a喫煙の事実を家族が知っているか否かについては、「知っている」と「知っていると思う」の解答が男子では六Oパーセントを越えるのに対して、女子では過半数を割っており興味深い。飲酒に比べると男女とも低い割合であり、事実認識の困難性が窺える。
q8-b
誰が知っているかについては、母は三分の一、父および兄弟姉妹は各四分の一が事実を認識しているようであるが、飲酒に比べると相当低い。

Q7、「タバコをどこで手に入れますか?」

q7タバコの入手先については、自動販売機が約五七パーセントに達しているが、タバコ屋(コンビニ)も約四二パーセントに達し、かなり多い。「その他」の解答では、友人ないし知人から「もらう」とする解答が比較的多かった。

Q6、「喫煙する場所はどんな所ですか?」

q6喫煙場所については屋外が一番多い。興味深いのは、屋外の比率については学年が高くなるにつれて、男子では割合が減少する(七四パーセント~五三パーセント)、女子では増加する(一二パーセント~五一パーセント)。次いで、自宅が多く四Oパーセント台後半の数値となる。他は友人宅、ファーストフード店、ゲームセンター、居酒屋、スナックなど、カラオケボックスがそれぞれ四Oパーセント前後の数値となっており、多様化している。同時に飲酒と喫煙の関連性も窺われる。
概括的にみるならば、経験者の半数近くが自宅で喫煙しており、学年が高くなるにつれて様々な場所での喫煙が行なわれていると言えよう。

Q5、「喫煙する時はどんな時ですか?」

q5喫煙の機会については「遊んでいる時」が男女とも五Oパーセント以上で、他を引き離している。次いで、「飲酒の時」が三Oパーセント強を占めており、この解答は学年が高くなるにつれて増加し、三年生では男女とも四二~四五パーセントに達しており、飲酒と喫煙の関連性が認められる。「その他」としては、「吸いたい時」「暇な時」「いらいらしている時」などの解答が比較的多い。

Q4、「高校に入ってからどの程度の喫煙をしていますか?」

q4高校入学後の喫煙回数については、喫煙経験者のうち男子で約四三パーセント、女子で約三二パーセントが毎日のように喫煙している。毎日ではないが、週一回以上の喫煙者が男女とも約九パーセント存在し、これを加えると、喫煙がすでに習慣化しあるいはその傾向にある生徒は、喫煙経験者のうち男子では過半数となり、女子でも四Oパーセントを越えており看過しえない数値である。
「その他」としては、「不定期」「数回以下の経験」「もう止めた」などの解答が比較的多い。
当然のことながら、すでに習慣化しあるいは、その傾向にある喫煙者は、男女とも学年が高くなるにつれてその割合が増加している。その一方で、すでに喫煙を止めたと明記した生徒が、喫煙経験者のうち男子で約九パーセント、女子で約一五パーセント存在することは特筆に値する。

Q3、「それほどんなきっかけからですか?」

q3喫煙のきっかけについては、「友人に誘われて」の解答が半数近くに上っており、次いで、「自分から進んで」の解答が約三六パーセントとなっている。「親の勧めで」の解答は、飲酒と異なり極少数ではあるが存在する。「自分から進んで」喫煙した場合も、周囲の環境などの影響を抜きにしては考えられない。「その他」としては、親戚ないし家族の勧め、先輩の勧めなどが比較的多い。

Q2、「初めて喫煙したのはいくつの頃ですか?」

q2初めての喫煙時期については、小中学生時代の経験者が男子では約七七パーセント、女子でも約六四パーセントに達している。この点は、他の機関による調査結果においても同様の傾向が一不されており(注91小中学生時代からの喫煙教育が重要であることを示している。

Q1、「今までに喫煙の経験がありますか?」

q1喫煙の経験については、飲酒と異なり男女差が存在し、経験者は男子で約四Oパーセント、女子で約二五パーセントである。学年別に概観すると、男子は一年生で四Oパーセント足らずであったものの、二年生で約五Oパーセントに達し横ばい状態となり、女子では一年生では二Oパーセント足らずであったものの、学年が高くなるにつれて徐々に上昇し、三年生では約三二パーセントに達する。この調査結果と他の機関による調査結果を対比すると、調査の時期、場所、対象、方法および内容によってばらつきが生ずるものの、傾向的には符合している。

2 保護者と教員は、これをどうとらえるべきか

平成六年度第二学区校長会PTA担当幹事(前東京都立深沢高等学校長)
渡辺信一郎

高校生の飲酒および喫煙という、基礎的で普遍的で常に今日に未解決な分野について、このように詳細な生の声を集積したことは、画期的なことである。しかも第二学区の高校生と保護者へのアンケート作業を実施したことにより、現実的な「いま」が本冊子に込められている点は、さらなる特徴である。
この第二学区にある都立高等学校のある学校では、校舎内で生徒の喫煙が秘に行なわれ、その見回りを教員たちが随時実施し、問題行動の生徒の指導に多大な労力を払っている学校もある。教員たちは、学習指導やクラブ指導に工夫を凝らし、楽しい指導を行ないたいと企図していても、喫煙・飲酒を含む生徒の問題行動に時間を奪われて、その疲労に埋もれてしまっている現実がある。
教育には「不易」と「流行」の二面がある。時代と社会の構造上の変化に従って、教育内容がそれに適合するように、対応していく一面がある。これが「流行」である。それに対して、時代や社会がどう変わっても、決して変わることのない教育内容がある。これが「不易」である。このアンケートの集計を瞥見すると、未成年者の禁酒・禁煙という課題は、単に学校教育だけの問題ではないように思えてくる。飲酒・喫煙は、人間生活にとっての必要悪であるという考え方があり、人間の思考に関するものであるから、これを制約しても無駄であるという考え方もある。学校教育の中で飲酒・喫煙の禁止をとらえる場合、これを「不易」とするか、それとも「流行」の面とするかは重大な命題である。このアンケートの集計は、現実の偽らざる様相であり、深刻そのものである。そして、「いま」を知るための素資料であると言える。

1 平成六年度活動報告について

東京都公立高等学校第二学区PTA連合会平成六年度学区長 福田恒治

この冊子は、東京都公立高等学校第二学区PTA連合会における平成六年度の活動をまとめたものである。平成六年度本連合会は、一貫して高校生の飲酒・喫煙問題についての取り組を行なった。それはPTAが生徒のための組織であり、生徒を視野に入れたPTA活動を行うべきであるとの基本認識に立ち、近時、高校生の聞に飲酒・喫煙が広がり、それによる健康上の害が指摘されるという事実を前提としたものである。翻ってみると、未成年者の飲酒・喫煙は古くから禁止され、これに違反した生徒は何らかの指導や注意を受けてきたはずである。その予防的効果は、必ずしも十分ではなかったと言わざるをえない。その原因の一つは、飲酒・喫煙問題に対する私達の教育、指導あるいは対応が、たまたま発覚した事実に対する事後的、個別的な対処に傾きがちであり、家庭教育や健康教育などの観点からの取り組が不足していることにあると言えないだろうか。また、相手が高校生ともなれば、私たちの行なう教育、指導のあり方にも一層の工夫と創意が求められるはずであるが、そのための努力が不足していたと一宮早えないだろうか。このような問題意識を持って私たちは取り組んだ。
同時に私たちは、飲酒・喫煙の広がりと言う事実を直視すると共に、飲酒・喫煙はどの高校生も等しく誘惑を受けやすく、また、簡単にアクセス出来る存在であることなどを考慮し、それを直ちに他の問難題行動などと結び付けるのではなく、「実り豊かな高校生活を生徒と共に考える」という視点から、家恥庭教育や健康教育などの一環として、事前かっ要望的に対処する必要のあることを強調した。さらにいえば、私たちは飲酒喫煙問題をきっかけとして、家庭教育や健康教育などのあり方を再検討し、充実を図ると共に、その実践活動が「実り豊かな高校生活をともに考える」出発点となることを期待した。
かくして私たちは、飲酒・喫煙に関する生徒の意識と行動および保護者による指導の実際を、正しく把握し、その中から問題の所在を認識する必要があると考え、Step1として、生徒および保護者を的対象とするアンケートを実施した。これと並行して、Step2およびStep3として、一泊研修会および全体研修会を実施した。一泊研修会では飲酒・喫煙問題を切り口として、家庭教育と学校教育の交錯する領域の問題点を確認しあった。また、全体研修会では、未成年者の飲酒喫煙による健康上の害得について、専門家を講師とする講演会を開催し、効果的な教育、指導を行なうための基礎的知識の習得を図った。アンケート調査の概括的集計を終えた時点で、Step4として、保護者と先生と生徒によるシンポジュウムを開催し、高校生の飲酒・喫煙問題について自由に語り合った。参加した生徒は、率直に事実ないし意見を述べ、その「生の声」は、改めて問題の所在を私たちに認識させた。

5 薬物乱用防止に関する指導内容

学校における薬物乱用防止に関する指導目標を実現するためには、次のような授業内容が考えられます。(本サイトⅢをご参照下さい)
1、薬物乱用、依存の成り立ちについて
(1)薬物乱用とは
(2)薬物乱用の現状
(3)薬物乱用・依存の悪循環
(4)医薬品等の正しい使用法
2、薬物乱用の心身への影響について
(1)シンナーなど有機溶剤の害
(2)大麻(マリファナ)の害間覚せい剤の害
(3)その他の薬物の害
3、薬物乱用関連の社会的問題について
(1)青少年の人格発達課題
(2)乱用者を取り巻く問題
(3)薬物関連の事件・事犯
4、薬物乱用防止の対策について
(1)取り締まり強化と法規制
(2)国際協力の推進
(3)薬物乱用を許さない社会環境づくり
5、意志決定能力の育成について
(1)生徒の健全育成
(2)薬物乱用に対する誘惑からの回避
これらの項目のなかから、生徒の状況を判断し、生徒の必要とする内容を適切に選択して指導することが大切です。また、薬物乱用を単なる非行問題としてとらえるのではなく、健康を守るための行動の問題として考え、子どもたちに自分の生き方に関わることを理解させ、生涯にわたって薬物を乱用しない態度を育成することが肝心です。

4 乱用薬物の隠語

私はかつて、先生方の薬物乱用防止研修会に呼ばれて講演したとき、アイス、チョコ、ガール、エニックス、ピースピル、イエロージャケット、など薬物の隠語について質問してみたことがあります。すると、ほとんどの先生方は、皆目、見当もつかないといった表情をされていました。それでも、その言葉は学校のどこそこに落書きされていた、という声も聞こえてきました。若者たちの間では、乱用薬物はさまざまな言葉で呼ばれています。指導に当たる者としては、そうした呼び名も知っておく必要があるのではないでしょうか。そこで、それらを以下に記してみます。

覚せい剤(AMPHETAMINES〉

アイス、アキアジ、アッパー、アップス、アンナカ、アンボンタン、カリフォルニア・ターナラ、ガンコロ、クスリクラッシュ、クリスタル、コピロット、シモネタ、シャプ、スピード、ダブル・クロス、ニガモノネタ、ハーツ、ヒロポン、ビィーン、ビューティズ、ブラックビューティ、ブラック、ブラックモーリス、ベニーズ、ベップヒル、ホワイト・クロス、フツ、メスモノ、ユキ、ユキネタ、ヤーマ、ラッシュ、速いの、冷たいの、勝利錠、突撃錠、特攻錠、猫の目

大麻(CANNABIS〉


アカプルココールド、インディアン・へンプ、ウィード、エスラー、クリスマスツリー、グラス、グリーン、ゴールド、ジョイン卜、ストーン。ダッカ。ガンジャ、コロンビアン。スモーク、タイスティック、チョコ、チャラス、ハシシ、ハシシオイル、パカグボング、ハーブ、ハッピー、ブティック、フアンダ、ベイビー、ポット、ブッダスティック、リアンパ、リーファ、レバノン、ブロンド、ローチ、ネパールフィンガー、マグルス、マリファナ、ブラックアフガン

コカイン(COCAINE〉

C、ガール、コーク、コーラー、クラック、キャデラック、スノー、スニッフ・スタート、スノーキャンディ、スターダスト、トゥート、ノーズパウダー、ピンプ、ブレイク、マザーオブ、パール、ブロー、ホワイト、ホワイトパウダー、ホワイトレディ、ロック

ヘロイン(HEROIN〉

H、ホース、タラップ、スマック、スカグ、スタッフ、スマックジヤンク、ジョイパウダー、シャンク、ナチュラルダイナマイト、ダート、ダスト、ハードキャンディ、ホワイトホース、ピックブラウンシュガー、ブラックタール、プティへロ、チャイナホワイト、メキシカンブラウン

LSD(LYSERGIC ACID DIETHYLAMIDE〉

アシッド、エル、イーグル、ウインドペイン、カリフォルニアサンシャイン、シュガースペード、エヌピー、フェニックス、フライングソーサー、ブルードラゴン、ヒースヴィジョン、ペーパー、ミッキーマウス、ミスターパイプ、タブレット、へイズ、ポインテッドスター、ファミリークレスト、ドラゴン、チョコレートチップス

PCP(PHENCYCLIDINE〉

エンジェルダスト、スーパー、グラスピースピル、ホッグ、ロケットフュエル

BARBTURATES

ブルーズ、ブルーデビルズ、ジービーズ、グーフボールズ、パーフルハート、レッドデビルズ、イエロージャケット

DRUG COCKTAIL

スピードボール、(コカイン+ヘロイン)
ブルーチヤー(覚せい剤+LSD)
ムードラー(マリファナ十他の薬物)

2 薬物乱用防止教育充実の背景

高等学校学習指導要領の改定

平成元年三月十五日、高等学校学習指導要領の改定は、平成六年度から学年進行で実施することになりました。高等学校の保健の改善の基本方針は、保健については健康教育の一層の充実を図るため、健康科学を基盤として自他の生命を尊重し、生涯を通じて健康で安全な生活を送るための基礎を培う持観点から、小学校、中学校および高等学校を通じて、健康・安全に関する基礎的・基本的な知識を理澗解させ、児童生徒が発達段階に応じて自主的に、健康な生活を実践することのできる能力と態度を育成することを重視して内容を精選する、ということになりました。改善の具体的事項では、個人生活のみならず社会生活における健康・安全に関する事項に重点を置酒いて、心身の機能、精神の健康、交通安全、環境汚染と健康、生活行動と健康および家庭や社会生活刊における健康に関する事項、で構成することになりました。その際、精神の健康の保持増進、食生活峨などの生活行動と疾病予防、薬物乱用などと健康、応急処置に関する事項などの一層の充実が図られ肘るよう配慮すること。なお、生徒の興味・関心や生活体験などから、必ずしも理解が容易でないと指摘されている内容、たとえば、心身の機能における大脳と精神機能、職業と健康における労働安全衛生に関する法律・制度等については軽減する、としています。

また、現代社会と健康では、わが国の疾病構造や社会の変化に対応して、健康を保持増進するためには、個人の適切な生活行動が重要であることを理解させなければならない、とあります。生活行動と健康では、健康を保持増進するためには適切な食事、運動、休養が重要であることを理解させること。更に、喫煙や飲酒、薬物乱用と健康との関係、医薬品の正しい使い方についても理解させることになっています。

小中高校に配布された保健指導の手引き

(財)日本学校保健会においては、昭和六十一年三月「小学校喫煙防止に関する保健指導の手引』、六十二年三月『中学校喫煙・飲酒・薬物乱用防止に関する保健指導の手引』、六十三年三月『高等学校喫煙・飲酒・薬物乱用防止に関する保健指導の手引』をそれぞれ作成配布し、多くの学校で活用されてきました。
しかし、この間、喫煙・飲酒・薬物乱用の問題は、ますます大きな社会問題となってきています。このため、文部省は平成元年の学習指導要領の改定の際に、中学校および高等学校の保健体育に「喫煙・飲酒・薬物乱用と健康」に関する指導を位置づけ、以来、これに従って指導されるようになっています。
これらのことを踏まえ、平成七年三月『中学校喫煙・飲酒・薬物乱用防止に関する指導の手引』、八年三月『高等学校喫煙・飲酒・薬物乱用防止に関する指導の手引』、九年三月『小学校喫煙・飲酒・薬物乱用防止に関する手引』について、全面的に内容の検討を行ないました。そして、発行されたこれらの改訂版の特徴は、学習指導要領に位置づけられた教科保健体育の科目保健における指導を中心に、関連する教科、特別活動等における指導例で構成され、指導方法では、課題学習やロールプレイングなど意思決定のために有効な手法を取り入れたことにあります。また、参考資料には、最新の知見が盛り込まれています。

文部省通達と総理大臣の挨拶

更にまた、文部省からは次のような通達が各学校に送られ、内容の周知と一層充実した指導が行なわれるよう求められました。
「青少年の大麻薬物乱用防止について」文部省体育局学校保健教育課長 北見幸一(平成七年九月八日)

これは、警察庁生活安全局薬物対策課長の要請を受けて通達されました。
「覚せい剤等薬物乱用防止対策の推進について」
文部省初等中等教育局長 辻村哲夫
文部省生涯学習局長 草原克豪
文部省体育局長 佐々木正峰(平成八年七月九日)
これは、平成八年度薬物乱用防止対策実施要項が、薬物乱用対策推進本部により決定されたのを受けて送付されました。薬物乱用対策推進本部長は内閣官房長官で、この通達の要旨は以下のとおりです。

「覚せい剤等薬物乱用者の増加傾向に対処するため、当本部ではかねてからその乱用防止に取り組んできたところである。しかしながら、覚せい剤の乱用が依然として高水準で推移していることに加え、大麻を初めコカインなど他の薬物乱用も拡大する傾向にあり、とりわけ次世代をになうべき青少年層を中心に一般市民層への浸透が見られるなど、憂慮すべき事態にある。また、世界の多くの国々においても、ヘロイン、コカインなどの薬物乱用が深刻な社会問題となっており、国際的な薬物乱用防止のための協力が求められている。
このような事態に対応するため、当本部では平成八年度において、下記の通り薬物乱用防止に関し、年度を通して実施すべき事項を策定し、関係機関・団体と連係してこれを強力に推進するとともに、薬物乱用防止強化月聞を指定し、この期間中に集中して対策を実施し、実効を期する事とする」
平成九年一月二十一日には総理大臣が挨拶し、最近の厳しい薬物情勢に対して、内閣官房長官を本部長として総理府に設置されていた薬物乱用対策推進本部を、内閣総理大臣を長とする本部に格上げして内閣に設置し、政府を上げて薬物乱用対策を強化すると発表しました。
その中で、最近の少年の薬物事犯の急増を重く受け止め、特に少年の薬物乱用防止のため、
一、覚せい剤等の供給源に対する取締の強化
二、薬物乱用少年の発見・補導の強化
三、教育委員会・学校等との連係の強化
四、家庭・地域に対する広報啓発の強化

などの対策を実施する、としています。
このように、薬物乱用防止教育は、今もっとも緊急性の高い教育課題となっています。麻薬・覚せい剤など薬物乱用のない社会にするには、一人一人が乱用の恐ろしさを理解し、学校・家庭・地域が協力して乱用の防止に努める必要があります。
「No, Absolutely No」(日本)
「Yes To Life, No To Drugs」(国連)
「Say No To Drugs」(アメリカ)
これらは、麻薬撲滅に取り組む各国の合言葉です。

3 薬物乱用の概観

薬物事犯の増大

わが国は戦後、覚せい剤およびヘロインの二度にわた乱用期を経験しましたが、いずれも啓発強化、取り締まり強化、中毒者対策などの総合的対策によって撲滅に成功してきました。わが国のこうした麻薬行政における見事な業績は、類のない成功例として世界各国から賞賛が寄せられました。これらの成果の陰には、国民の教育的水準の高さ、順法精神の強さ、厳正な法と所轄機関による的確な対応などが、見事に機能した結果と考えられます。
しかし、その一方で密輸による薬物の押収量は、年々増加の一途をたどっていることが大変憂慮されます。一九九六年の薬物事犯をみると、覚せい剤事犯の増加、イラン人の密売等の急増そして、覚せい剤の押収量が史上最高を記録するなど、覚せい剤問題がますます深刻になっています。覚せい剤事犯は二万六千六二四件で一万九千四二O人を検挙し、六五0・八キログラムを押収しました。前年に比べ、三千二四二件、一三・九パーセント、二千三一九人・一三・六パーセントとそれぞれ増加し、押収量は七・六倍にもなりました。覚せい剤の密輸入・密売などへの暴力団の関与も依然として顕著で、暴力団員の検挙は七千九一二人と全体の四0・七パーセントを占めました。麻薬がらみで検挙された外国人の数も、これは明らかに急増しています。このように国際化の激しい時代にあって、こうした傾向を止めることはなかなか至難のことでしょう。また、商用、観光、留学などで外国を訪れる日本人の数も巨大になり、そうした人達が現地で安易に麻薬に手を出すという例もたびたび報じられ持ています。
かつてブッシュ米国元大統領は、就任演説で「われわれの社会が団結して忍耐づよく戦わなければ酬ならない分野はごく限られている。明らかに今やその際たるものは麻薬問題である。一袋のコカイン納が秘に船で運び込まれたとき、それはわが国そのものを傷付ける致命的なパクテリヤにも等しかった。成すべきこと、一言うべきことはたくさんあるが、私の言うことを信じてほしい。この社会禍を必ず食煙い止めよう」と訴えています。
世界の麻薬の七大生産地は、メキシコ、コロンビア、ペルー、ボリビア、パキスタン、ビルマ、タイです。コロンビアはコーヒーが有名ですが、麻薬が外貨稼ぎの筆頭になっています。また、生産地はアメリカ合衆国の近隣諸国が大部分を占めています。

薬物乱用を許す現代社会

わが国においても、近年薬物の乱用が増えていることは既に述べた通りですが、とりわけ、若者たちの汚染が猛烈です。そこで、考えられる原因をいくつか上げてみます。
1、生活水準が向上し、価値観の多様化や社会規範の低下が見られ、人々に非行カルチャーを容認する傾向が強くなったこと。
2、都市化の拡大により、自然環境からの隔離や社会的連帯感の希薄化、そして、疎外感や孤立感
が助長され都市の持つ匿名性、享楽的風潮が強くなったこと。
3、進学率の著しい上昇による高学歴社会の進化と、受験競争の激化に伴って、そこからはじき出される生徒たちが多くなったこと。
4、核家族化、少子家族が一般的となり、大家族の持っていた家庭内での養育・教育機能が低下し
たこと。
5、情報化社会の中で、未成熟な青少年が情報の洪水――テレビCM、マスコミ広告などによる、たばこや酒の宣伝などに押し流されやすくなっていることと、青少年自身の思考や行動のパターンが感覚的になってきていること。
6、国際化の進展の中で、海外に行く青少年が大麻などの薬物に汚染され、持ち帰る危険性の増大
等々です。
英国の精神科医であるウイニコットは、薬物やアルコールに依存する人は「一人でいられる能力」に障害があるといっています。一人で単調な生活に耐え、欲求不満や空虚感や憂欝感に堪えられない人が乱用に陥るというのです。その意味では、現代社会は人々を容易に薬物乱用に引き込む条件が整っているようです。
子どもたちが薬物乱用に陥るきっかけは、甘い言葉にだまされるとか、好奇心ゃあこがれとか、嫌なことから逃れたいとか、規制社会への反抗とか、友達との仲間意識とか、あるいはまた、たまたま何となくといった偶発的な体験等さまざまです。また、若者たちの問では、覚せい剤を「エス」だとか、「スピード」とかの符丁で呼び合ったりしていますし、誘惑する手口もいろいろです。たとえば、
「ダイエットに効く」、「こんなに効く疲労回復剤がある」、「肩凝りや痛み止めに効く」、「眠気覚ましに効く」、「二日酔いに効く」など、一見他愛もないことと思われますが、見方によっては、誘うほうも誘われる方もそれほど気楽に考えているわけで、それだけに私は、大変危険な傾向だと考えています。また、最近は乱用者の中に、サラリーマンや家庭の主婦のように、普通の生活者が多くなっていることも憂慮すべき兆候です。

学校での喫煙・飲酒・薬物乱用防止教育

学校で生徒たちに喫煙・飲酒・薬物乱用防止の教育を行なうとき、すぐに中毒になるとか廃人になるとか殺人を引き起こす’とか、いわゆる「脅しの教育」に頼ることは避けなければなりません。事例などをできるだけ生徒自身の生き方に引き寄せ、事実を正しく認識させるとともに、意志決定能力や自己の実現を目指した教育を実施しなければなりません。
シンナーなどの吸引、麻薬・覚せい剤乱用の心身に与える害は、たばこやアルコールの害と比較してもその影響は大きく、多くの社会的問題を含んでいます。幸い、わが国の青少年の薬物乱用は、アメリカのそれと比較して、今のところ決して多くはありません。しかしながら、今の世相を考えると、こうした傾向がいつまで続くか予断を許しません。それでも厚生省の本年度の「麻薬白書』によると、学生・生徒の検挙者数が前年の一挙に二倍に増大したことは、既に述べたとおりです。
こうした状況であればこそ、学校における喫煙・飲酒・薬物乱用防止教育の必要がますます大きくなるわけです。学校での喫煙・飲酒・薬物乱用防止の指導は、ホーム・ルーム、学年、全校を対象としたいっせい指導と、すでに経験を持つ生徒に対する個別指導の両面が必要となります。どちらも、すべての教職員が共通理解を計り、相互に協力・援助して当たることが前提ですが。また、必要に応じて学校が中心になって、家庭と連携をとったり地域や専門機関とも相談して、連絡や報告が円滑に行なえる環境づくりをすることがまず求められます。
高校での保健指導の目標は、「健康で安全で幸福な生活を営む能力と態度を養い、心身の調和的な発達をはかる」ことにあります。われわれは、この時期、生徒が直面するさまざまな問題に適切に対処し、自ら課題を解決する能力や態度を育てる教育の実践を目指さなければなりません。そしてまた、生徒の健康・安全に対する自律的な生活態度を育成し、家庭・学校・地域・社会・国家、さらには国際社会の一員として、それらの集団の向上に寄与することのできる資質を高めることが求められています。したがって、喫煙・飲酒・薬物乱用防止に関する保健指導は、高校における保健指導の目標を達成するための重要事項の一つであるわけです。
保健指導の具体的目標は、

1、青年期における心身の発達について正しく理解させる。
2、喫煙・飲酒・薬物乱用が、青少年の心身に及ぼす影響や社会的問題の大きさについて正しく認識させる。
3、喫煙・飲酒・薬物の乱用をしない判断力・態度を育てる。
4、自他の健康・安全に積極的に努め、喫煙・飲酒・薬物乱用防止啓発活動に協力・寄与できる能力と態度を育てる。
などです。

1 激変する社会環境

喫煙・飲酒・薬物乱用防止教育は健康教育の一環として

二十一世紀は、もうわれわれの手の届くところまで来ています。今、社会は高齢化・情報化・高度技術化・都市化・国際化などが急速に進み、こうした傾向は、今後ますます加速されることは容易に想像されます。このように変化の激しい時代にあって、わたしたち教師に課された課題は少なくありません。
しかし、残念ながら今子どもたちを取り巻く社会環境は、教育の荒廃を初めとするさまざまな社会問題の増大など、決して好ましい状態とはき守えません。科学技術や社会の進歩が進めば進むほど、そうした問題もまた大きくなります。私たちは今、視野を広げ、自然との調和を図りつつ、他者を思いやる豊かな心を育む教育の推進に努めるよう、強く求められています。

一九八七年、わが国で初めて「第六回喫煙と健康世界会議」が開催されました。また、この年厚生省から『喫煙と健康』(「たばこ白書」)が発刊され、文部省も昭和六十年度から順次小・中・高における喫煙、飲酒、薬物乱用防止の保険指導の手引きを作成し全国の学校に配布しました。喫煙・飲酒・薬物乱用が私たちの身体に及ぼす影響は、医学的にも明らかです。ことに、心身ともに未成熟で発育期にある未成年者にとって、たばこ・アルコール・覚せい剤その他の薬物が子どもたちの心身に及ぼす影響の大きさは、計り知れません。われわれはこうした事実をまず子どもたちに教え、子どもたち自身が喫煙・飲酒・薬物の乱用は、人間としての生き方に係わる重大な問題であることを、正しく理解することができるよう指導することが求められます。また、指導に当たっては、非行対策の視点にのみ偏ることなく、人間としての生き方、健康について認識を深める健康教育の一環として推進していく視点を忘れてはなりません。
私はこれまで、文部省小学校・中学校・高等学校「喫煙・飲酒・薬物乱用に関する指導の手引」の作成委員を長く勤めてきました。また、昭和五十九年の文部省教員海外派遣団の一員としてアメリカを訪問、六十三年には文部省、厚生省の推薦を受け、国際ライオンズ・クラブの招きで再度アメリカを訪問し、薬物乱用防止教育の研修と教師のためのワークショップに参加しました。こうした体験を踏まえ、学校における喫煙・飲酒・薬物乱用防止教育の必要性について、次に述べてみたいと思います。

生涯保健の思想の確立を

臨教審や教育課程審議会の改定の答申は、二十一世紀に向かって国際社会に生きる真の日本人の育成という観点に立って行なわれました。その要点は、
1、教育の基礎・基本の重視
2、個性を生かす教育の充実
3、自己教育力の向上
の三点に絞られ、社会の変化に主体的に係わることのできる豊かな心と、たくましい人間性の育成を図ることが特に重要であると述べられています。
改定の基本方針を保健体育についてみると、体育については、生涯体育・スポーツと体力向上を重視し、保健については、健康科学を基礎とした健康教育の一層の充実を目指すよう述べられています。保健に関しては今回特に、
1、現代社会と健康
2、環境と健康
3、生涯を通じての健康
4、集団の健康
の四つの項目を上げています。そして、わが国の健康水準の向上や疾病構造の変化についての理解を、生活行動と健康、健康の保持増進のための適切な食事・運動・休養が重要であると述べています。
また、喫煙・飲酒・薬物乱用と健康との関係、そして、医薬品の正しい使用法の理解と更には精神の健康問題、交通安全問題、応急処置に関する教育などは、時代の変化と要請に合わせてみても重要課題です。
第一五期中央教育審議会答申では、教育の問題を二つの角度からとらえていることが分かります。一つは戦後五十年間、相対的には世界の中で成功してきた日本の初等・中等教育にも様々な問題が発生しているため、それらを解消するという観点です。いじめ、登校拒否、ゆとりのなさ、自立のおくれ、社会性の不足、などを克服する教育改革の要請です。
二つは、二十一世紀の高度情報通信社会における社会の変化に対応して、自ら新しい社会を築きあげていく人材の育成です。
この二つに対応する資質、能力として「生きる力」が取り上げられました。これには二つの要素が含まれています。「自分で課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力」、および「自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性」と「たくましく生きるための健康や体力」です。
「生きる力」を養うには、社会全体に「ゆとり」が必要で、そのために、学校・家庭・地域社会が連係して教育を分担することが提言されたのです。

近年、世界各国の学校で吹き荒れているいじめ問題や登校拒否や喫煙・飲酒・薬物乱用問題などは、ある意味では思春期の子どもたちに特有の問題でもあります。また、高校生に限つての死因別死亡者数では、乗り物による不慮の事故が第一位で、その三分の二は二輪車によるものです。したがって、学校で交通安全の問題を取り上げる意義は大変大きいのです。また、基本方針が生活行動と健康を取り上げていることも時代の要請に答えていると思われます。よく言われるように、わが国の三大成人病は、がん、心臓病、脳卒中でこれらが病気全体の六二パーセントを占めています。がんは四人に一人、心臓病は五人に一人の割合です。いずれも生活習慣と密接な関係にある病気で、喫煙・飲酒など現代社会における数々のリスク・ファクターが影響しています。厚生省は最近、この「成人病」という呼び名をより実態に則した「生活習慣病」に改めると発表しました。プレスローの七つの健康習慣と寿命からも、健康習慣を多く守るほど寿命は長くなることが証明されています。そうした意味でも、われわれは、いかにアクティヴライフを確立するかということが間われています。生涯体育・スポーツとともに生涯保健の思想の必要性が、ここにあります。
学校における健康教育という点では、世界の先進国に共通の悩みといえる問題があります。それは国が豊かになり都市化が進むにつれて、子どもを取り巻く環境・家庭・学校・社会など、大きく言えば生態系が変わってきています。たしかに、現代社会は物質面や生活の便利さ、快適さという点では大変恵まれています。ところが、そうした点で恵まれている国の子どもほど、心身の問題が多く発生しているのです。特に、心の問題――精神・心理・情緒などに様々な問題が発生していることは、既に皆様も周知のことと思います。簡単に言ってしまえば、子どもたちが発達過程をうまくクリアl出来なくなっている、手足は長くかっこいいが、体力や運動能力はそれに見合った発達をしていないのです。
わが国は今や世界一の長寿国になりました。発展途上国などで問題にされる栄養失調(malnutrition)とは逆に、栄養のとりすぎによる栄養失調(positive malnutrition)による疾患が、問題にされていることを忘れてはならないでしょう。