5 薬物乱用防止に関する指導内容

学校における薬物乱用防止に関する指導目標を実現するためには、次のような授業内容が考えられます。(本サイトⅢをご参照下さい)
1、薬物乱用、依存の成り立ちについて
(1)薬物乱用とは
(2)薬物乱用の現状
(3)薬物乱用・依存の悪循環
(4)医薬品等の正しい使用法
2、薬物乱用の心身への影響について
(1)シンナーなど有機溶剤の害
(2)大麻(マリファナ)の害間覚せい剤の害
(3)その他の薬物の害
3、薬物乱用関連の社会的問題について
(1)青少年の人格発達課題
(2)乱用者を取り巻く問題
(3)薬物関連の事件・事犯
4、薬物乱用防止の対策について
(1)取り締まり強化と法規制
(2)国際協力の推進
(3)薬物乱用を許さない社会環境づくり
5、意志決定能力の育成について
(1)生徒の健全育成
(2)薬物乱用に対する誘惑からの回避
これらの項目のなかから、生徒の状況を判断し、生徒の必要とする内容を適切に選択して指導することが大切です。また、薬物乱用を単なる非行問題としてとらえるのではなく、健康を守るための行動の問題として考え、子どもたちに自分の生き方に関わることを理解させ、生涯にわたって薬物を乱用しない態度を育成することが肝心です。

4 乱用薬物の隠語

私はかつて、先生方の薬物乱用防止研修会に呼ばれて講演したとき、アイス、チョコ、ガール、エニックス、ピースピル、イエロージャケット、など薬物の隠語について質問してみたことがあります。すると、ほとんどの先生方は、皆目、見当もつかないといった表情をされていました。それでも、その言葉は学校のどこそこに落書きされていた、という声も聞こえてきました。若者たちの間では、乱用薬物はさまざまな言葉で呼ばれています。指導に当たる者としては、そうした呼び名も知っておく必要があるのではないでしょうか。そこで、それらを以下に記してみます。

覚せい剤(AMPHETAMINES〉

アイス、アキアジ、アッパー、アップス、アンナカ、アンボンタン、カリフォルニア・ターナラ、ガンコロ、クスリクラッシュ、クリスタル、コピロット、シモネタ、シャプ、スピード、ダブル・クロス、ニガモノネタ、ハーツ、ヒロポン、ビィーン、ビューティズ、ブラックビューティ、ブラック、ブラックモーリス、ベニーズ、ベップヒル、ホワイト・クロス、フツ、メスモノ、ユキ、ユキネタ、ヤーマ、ラッシュ、速いの、冷たいの、勝利錠、突撃錠、特攻錠、猫の目

大麻(CANNABIS〉


アカプルココールド、インディアン・へンプ、ウィード、エスラー、クリスマスツリー、グラス、グリーン、ゴールド、ジョイン卜、ストーン。ダッカ。ガンジャ、コロンビアン。スモーク、タイスティック、チョコ、チャラス、ハシシ、ハシシオイル、パカグボング、ハーブ、ハッピー、ブティック、フアンダ、ベイビー、ポット、ブッダスティック、リアンパ、リーファ、レバノン、ブロンド、ローチ、ネパールフィンガー、マグルス、マリファナ、ブラックアフガン

コカイン(COCAINE〉

C、ガール、コーク、コーラー、クラック、キャデラック、スノー、スニッフ・スタート、スノーキャンディ、スターダスト、トゥート、ノーズパウダー、ピンプ、ブレイク、マザーオブ、パール、ブロー、ホワイト、ホワイトパウダー、ホワイトレディ、ロック

ヘロイン(HEROIN〉

H、ホース、タラップ、スマック、スカグ、スタッフ、スマックジヤンク、ジョイパウダー、シャンク、ナチュラルダイナマイト、ダート、ダスト、ハードキャンディ、ホワイトホース、ピックブラウンシュガー、ブラックタール、プティへロ、チャイナホワイト、メキシカンブラウン

LSD(LYSERGIC ACID DIETHYLAMIDE〉

アシッド、エル、イーグル、ウインドペイン、カリフォルニアサンシャイン、シュガースペード、エヌピー、フェニックス、フライングソーサー、ブルードラゴン、ヒースヴィジョン、ペーパー、ミッキーマウス、ミスターパイプ、タブレット、へイズ、ポインテッドスター、ファミリークレスト、ドラゴン、チョコレートチップス

PCP(PHENCYCLIDINE〉

エンジェルダスト、スーパー、グラスピースピル、ホッグ、ロケットフュエル

BARBTURATES

ブルーズ、ブルーデビルズ、ジービーズ、グーフボールズ、パーフルハート、レッドデビルズ、イエロージャケット

DRUG COCKTAIL

スピードボール、(コカイン+ヘロイン)
ブルーチヤー(覚せい剤+LSD)
ムードラー(マリファナ十他の薬物)

2 薬物乱用防止教育充実の背景

高等学校学習指導要領の改定

平成元年三月十五日、高等学校学習指導要領の改定は、平成六年度から学年進行で実施することになりました。高等学校の保健の改善の基本方針は、保健については健康教育の一層の充実を図るため、健康科学を基盤として自他の生命を尊重し、生涯を通じて健康で安全な生活を送るための基礎を培う持観点から、小学校、中学校および高等学校を通じて、健康・安全に関する基礎的・基本的な知識を理澗解させ、児童生徒が発達段階に応じて自主的に、健康な生活を実践することのできる能力と態度を育成することを重視して内容を精選する、ということになりました。改善の具体的事項では、個人生活のみならず社会生活における健康・安全に関する事項に重点を置酒いて、心身の機能、精神の健康、交通安全、環境汚染と健康、生活行動と健康および家庭や社会生活刊における健康に関する事項、で構成することになりました。その際、精神の健康の保持増進、食生活峨などの生活行動と疾病予防、薬物乱用などと健康、応急処置に関する事項などの一層の充実が図られ肘るよう配慮すること。なお、生徒の興味・関心や生活体験などから、必ずしも理解が容易でないと指摘されている内容、たとえば、心身の機能における大脳と精神機能、職業と健康における労働安全衛生に関する法律・制度等については軽減する、としています。

また、現代社会と健康では、わが国の疾病構造や社会の変化に対応して、健康を保持増進するためには、個人の適切な生活行動が重要であることを理解させなければならない、とあります。生活行動と健康では、健康を保持増進するためには適切な食事、運動、休養が重要であることを理解させること。更に、喫煙や飲酒、薬物乱用と健康との関係、医薬品の正しい使い方についても理解させることになっています。

小中高校に配布された保健指導の手引き

(財)日本学校保健会においては、昭和六十一年三月「小学校喫煙防止に関する保健指導の手引』、六十二年三月『中学校喫煙・飲酒・薬物乱用防止に関する保健指導の手引』、六十三年三月『高等学校喫煙・飲酒・薬物乱用防止に関する保健指導の手引』をそれぞれ作成配布し、多くの学校で活用されてきました。
しかし、この間、喫煙・飲酒・薬物乱用の問題は、ますます大きな社会問題となってきています。このため、文部省は平成元年の学習指導要領の改定の際に、中学校および高等学校の保健体育に「喫煙・飲酒・薬物乱用と健康」に関する指導を位置づけ、以来、これに従って指導されるようになっています。
これらのことを踏まえ、平成七年三月『中学校喫煙・飲酒・薬物乱用防止に関する指導の手引』、八年三月『高等学校喫煙・飲酒・薬物乱用防止に関する指導の手引』、九年三月『小学校喫煙・飲酒・薬物乱用防止に関する手引』について、全面的に内容の検討を行ないました。そして、発行されたこれらの改訂版の特徴は、学習指導要領に位置づけられた教科保健体育の科目保健における指導を中心に、関連する教科、特別活動等における指導例で構成され、指導方法では、課題学習やロールプレイングなど意思決定のために有効な手法を取り入れたことにあります。また、参考資料には、最新の知見が盛り込まれています。

文部省通達と総理大臣の挨拶

更にまた、文部省からは次のような通達が各学校に送られ、内容の周知と一層充実した指導が行なわれるよう求められました。
「青少年の大麻薬物乱用防止について」文部省体育局学校保健教育課長 北見幸一(平成七年九月八日)

これは、警察庁生活安全局薬物対策課長の要請を受けて通達されました。
「覚せい剤等薬物乱用防止対策の推進について」
文部省初等中等教育局長 辻村哲夫
文部省生涯学習局長 草原克豪
文部省体育局長 佐々木正峰(平成八年七月九日)
これは、平成八年度薬物乱用防止対策実施要項が、薬物乱用対策推進本部により決定されたのを受けて送付されました。薬物乱用対策推進本部長は内閣官房長官で、この通達の要旨は以下のとおりです。

「覚せい剤等薬物乱用者の増加傾向に対処するため、当本部ではかねてからその乱用防止に取り組んできたところである。しかしながら、覚せい剤の乱用が依然として高水準で推移していることに加え、大麻を初めコカインなど他の薬物乱用も拡大する傾向にあり、とりわけ次世代をになうべき青少年層を中心に一般市民層への浸透が見られるなど、憂慮すべき事態にある。また、世界の多くの国々においても、ヘロイン、コカインなどの薬物乱用が深刻な社会問題となっており、国際的な薬物乱用防止のための協力が求められている。
このような事態に対応するため、当本部では平成八年度において、下記の通り薬物乱用防止に関し、年度を通して実施すべき事項を策定し、関係機関・団体と連係してこれを強力に推進するとともに、薬物乱用防止強化月聞を指定し、この期間中に集中して対策を実施し、実効を期する事とする」
平成九年一月二十一日には総理大臣が挨拶し、最近の厳しい薬物情勢に対して、内閣官房長官を本部長として総理府に設置されていた薬物乱用対策推進本部を、内閣総理大臣を長とする本部に格上げして内閣に設置し、政府を上げて薬物乱用対策を強化すると発表しました。
その中で、最近の少年の薬物事犯の急増を重く受け止め、特に少年の薬物乱用防止のため、
一、覚せい剤等の供給源に対する取締の強化
二、薬物乱用少年の発見・補導の強化
三、教育委員会・学校等との連係の強化
四、家庭・地域に対する広報啓発の強化

などの対策を実施する、としています。
このように、薬物乱用防止教育は、今もっとも緊急性の高い教育課題となっています。麻薬・覚せい剤など薬物乱用のない社会にするには、一人一人が乱用の恐ろしさを理解し、学校・家庭・地域が協力して乱用の防止に努める必要があります。
「No, Absolutely No」(日本)
「Yes To Life, No To Drugs」(国連)
「Say No To Drugs」(アメリカ)
これらは、麻薬撲滅に取り組む各国の合言葉です。

3 薬物乱用の概観

薬物事犯の増大

わが国は戦後、覚せい剤およびヘロインの二度にわた乱用期を経験しましたが、いずれも啓発強化、取り締まり強化、中毒者対策などの総合的対策によって撲滅に成功してきました。わが国のこうした麻薬行政における見事な業績は、類のない成功例として世界各国から賞賛が寄せられました。これらの成果の陰には、国民の教育的水準の高さ、順法精神の強さ、厳正な法と所轄機関による的確な対応などが、見事に機能した結果と考えられます。
しかし、その一方で密輸による薬物の押収量は、年々増加の一途をたどっていることが大変憂慮されます。一九九六年の薬物事犯をみると、覚せい剤事犯の増加、イラン人の密売等の急増そして、覚せい剤の押収量が史上最高を記録するなど、覚せい剤問題がますます深刻になっています。覚せい剤事犯は二万六千六二四件で一万九千四二O人を検挙し、六五0・八キログラムを押収しました。前年に比べ、三千二四二件、一三・九パーセント、二千三一九人・一三・六パーセントとそれぞれ増加し、押収量は七・六倍にもなりました。覚せい剤の密輸入・密売などへの暴力団の関与も依然として顕著で、暴力団員の検挙は七千九一二人と全体の四0・七パーセントを占めました。麻薬がらみで検挙された外国人の数も、これは明らかに急増しています。このように国際化の激しい時代にあって、こうした傾向を止めることはなかなか至難のことでしょう。また、商用、観光、留学などで外国を訪れる日本人の数も巨大になり、そうした人達が現地で安易に麻薬に手を出すという例もたびたび報じられ持ています。
かつてブッシュ米国元大統領は、就任演説で「われわれの社会が団結して忍耐づよく戦わなければ酬ならない分野はごく限られている。明らかに今やその際たるものは麻薬問題である。一袋のコカイン納が秘に船で運び込まれたとき、それはわが国そのものを傷付ける致命的なパクテリヤにも等しかった。成すべきこと、一言うべきことはたくさんあるが、私の言うことを信じてほしい。この社会禍を必ず食煙い止めよう」と訴えています。
世界の麻薬の七大生産地は、メキシコ、コロンビア、ペルー、ボリビア、パキスタン、ビルマ、タイです。コロンビアはコーヒーが有名ですが、麻薬が外貨稼ぎの筆頭になっています。また、生産地はアメリカ合衆国の近隣諸国が大部分を占めています。

薬物乱用を許す現代社会

わが国においても、近年薬物の乱用が増えていることは既に述べた通りですが、とりわけ、若者たちの汚染が猛烈です。そこで、考えられる原因をいくつか上げてみます。
1、生活水準が向上し、価値観の多様化や社会規範の低下が見られ、人々に非行カルチャーを容認する傾向が強くなったこと。
2、都市化の拡大により、自然環境からの隔離や社会的連帯感の希薄化、そして、疎外感や孤立感
が助長され都市の持つ匿名性、享楽的風潮が強くなったこと。
3、進学率の著しい上昇による高学歴社会の進化と、受験競争の激化に伴って、そこからはじき出される生徒たちが多くなったこと。
4、核家族化、少子家族が一般的となり、大家族の持っていた家庭内での養育・教育機能が低下し
たこと。
5、情報化社会の中で、未成熟な青少年が情報の洪水――テレビCM、マスコミ広告などによる、たばこや酒の宣伝などに押し流されやすくなっていることと、青少年自身の思考や行動のパターンが感覚的になってきていること。
6、国際化の進展の中で、海外に行く青少年が大麻などの薬物に汚染され、持ち帰る危険性の増大
等々です。
英国の精神科医であるウイニコットは、薬物やアルコールに依存する人は「一人でいられる能力」に障害があるといっています。一人で単調な生活に耐え、欲求不満や空虚感や憂欝感に堪えられない人が乱用に陥るというのです。その意味では、現代社会は人々を容易に薬物乱用に引き込む条件が整っているようです。
子どもたちが薬物乱用に陥るきっかけは、甘い言葉にだまされるとか、好奇心ゃあこがれとか、嫌なことから逃れたいとか、規制社会への反抗とか、友達との仲間意識とか、あるいはまた、たまたま何となくといった偶発的な体験等さまざまです。また、若者たちの問では、覚せい剤を「エス」だとか、「スピード」とかの符丁で呼び合ったりしていますし、誘惑する手口もいろいろです。たとえば、
「ダイエットに効く」、「こんなに効く疲労回復剤がある」、「肩凝りや痛み止めに効く」、「眠気覚ましに効く」、「二日酔いに効く」など、一見他愛もないことと思われますが、見方によっては、誘うほうも誘われる方もそれほど気楽に考えているわけで、それだけに私は、大変危険な傾向だと考えています。また、最近は乱用者の中に、サラリーマンや家庭の主婦のように、普通の生活者が多くなっていることも憂慮すべき兆候です。

学校での喫煙・飲酒・薬物乱用防止教育

学校で生徒たちに喫煙・飲酒・薬物乱用防止の教育を行なうとき、すぐに中毒になるとか廃人になるとか殺人を引き起こす’とか、いわゆる「脅しの教育」に頼ることは避けなければなりません。事例などをできるだけ生徒自身の生き方に引き寄せ、事実を正しく認識させるとともに、意志決定能力や自己の実現を目指した教育を実施しなければなりません。
シンナーなどの吸引、麻薬・覚せい剤乱用の心身に与える害は、たばこやアルコールの害と比較してもその影響は大きく、多くの社会的問題を含んでいます。幸い、わが国の青少年の薬物乱用は、アメリカのそれと比較して、今のところ決して多くはありません。しかしながら、今の世相を考えると、こうした傾向がいつまで続くか予断を許しません。それでも厚生省の本年度の「麻薬白書』によると、学生・生徒の検挙者数が前年の一挙に二倍に増大したことは、既に述べたとおりです。
こうした状況であればこそ、学校における喫煙・飲酒・薬物乱用防止教育の必要がますます大きくなるわけです。学校での喫煙・飲酒・薬物乱用防止の指導は、ホーム・ルーム、学年、全校を対象としたいっせい指導と、すでに経験を持つ生徒に対する個別指導の両面が必要となります。どちらも、すべての教職員が共通理解を計り、相互に協力・援助して当たることが前提ですが。また、必要に応じて学校が中心になって、家庭と連携をとったり地域や専門機関とも相談して、連絡や報告が円滑に行なえる環境づくりをすることがまず求められます。
高校での保健指導の目標は、「健康で安全で幸福な生活を営む能力と態度を養い、心身の調和的な発達をはかる」ことにあります。われわれは、この時期、生徒が直面するさまざまな問題に適切に対処し、自ら課題を解決する能力や態度を育てる教育の実践を目指さなければなりません。そしてまた、生徒の健康・安全に対する自律的な生活態度を育成し、家庭・学校・地域・社会・国家、さらには国際社会の一員として、それらの集団の向上に寄与することのできる資質を高めることが求められています。したがって、喫煙・飲酒・薬物乱用防止に関する保健指導は、高校における保健指導の目標を達成するための重要事項の一つであるわけです。
保健指導の具体的目標は、

1、青年期における心身の発達について正しく理解させる。
2、喫煙・飲酒・薬物乱用が、青少年の心身に及ぼす影響や社会的問題の大きさについて正しく認識させる。
3、喫煙・飲酒・薬物の乱用をしない判断力・態度を育てる。
4、自他の健康・安全に積極的に努め、喫煙・飲酒・薬物乱用防止啓発活動に協力・寄与できる能力と態度を育てる。
などです。

1 激変する社会環境

喫煙・飲酒・薬物乱用防止教育は健康教育の一環として

二十一世紀は、もうわれわれの手の届くところまで来ています。今、社会は高齢化・情報化・高度技術化・都市化・国際化などが急速に進み、こうした傾向は、今後ますます加速されることは容易に想像されます。このように変化の激しい時代にあって、わたしたち教師に課された課題は少なくありません。
しかし、残念ながら今子どもたちを取り巻く社会環境は、教育の荒廃を初めとするさまざまな社会問題の増大など、決して好ましい状態とはき守えません。科学技術や社会の進歩が進めば進むほど、そうした問題もまた大きくなります。私たちは今、視野を広げ、自然との調和を図りつつ、他者を思いやる豊かな心を育む教育の推進に努めるよう、強く求められています。

一九八七年、わが国で初めて「第六回喫煙と健康世界会議」が開催されました。また、この年厚生省から『喫煙と健康』(「たばこ白書」)が発刊され、文部省も昭和六十年度から順次小・中・高における喫煙、飲酒、薬物乱用防止の保険指導の手引きを作成し全国の学校に配布しました。喫煙・飲酒・薬物乱用が私たちの身体に及ぼす影響は、医学的にも明らかです。ことに、心身ともに未成熟で発育期にある未成年者にとって、たばこ・アルコール・覚せい剤その他の薬物が子どもたちの心身に及ぼす影響の大きさは、計り知れません。われわれはこうした事実をまず子どもたちに教え、子どもたち自身が喫煙・飲酒・薬物の乱用は、人間としての生き方に係わる重大な問題であることを、正しく理解することができるよう指導することが求められます。また、指導に当たっては、非行対策の視点にのみ偏ることなく、人間としての生き方、健康について認識を深める健康教育の一環として推進していく視点を忘れてはなりません。
私はこれまで、文部省小学校・中学校・高等学校「喫煙・飲酒・薬物乱用に関する指導の手引」の作成委員を長く勤めてきました。また、昭和五十九年の文部省教員海外派遣団の一員としてアメリカを訪問、六十三年には文部省、厚生省の推薦を受け、国際ライオンズ・クラブの招きで再度アメリカを訪問し、薬物乱用防止教育の研修と教師のためのワークショップに参加しました。こうした体験を踏まえ、学校における喫煙・飲酒・薬物乱用防止教育の必要性について、次に述べてみたいと思います。

生涯保健の思想の確立を

臨教審や教育課程審議会の改定の答申は、二十一世紀に向かって国際社会に生きる真の日本人の育成という観点に立って行なわれました。その要点は、
1、教育の基礎・基本の重視
2、個性を生かす教育の充実
3、自己教育力の向上
の三点に絞られ、社会の変化に主体的に係わることのできる豊かな心と、たくましい人間性の育成を図ることが特に重要であると述べられています。
改定の基本方針を保健体育についてみると、体育については、生涯体育・スポーツと体力向上を重視し、保健については、健康科学を基礎とした健康教育の一層の充実を目指すよう述べられています。保健に関しては今回特に、
1、現代社会と健康
2、環境と健康
3、生涯を通じての健康
4、集団の健康
の四つの項目を上げています。そして、わが国の健康水準の向上や疾病構造の変化についての理解を、生活行動と健康、健康の保持増進のための適切な食事・運動・休養が重要であると述べています。
また、喫煙・飲酒・薬物乱用と健康との関係、そして、医薬品の正しい使用法の理解と更には精神の健康問題、交通安全問題、応急処置に関する教育などは、時代の変化と要請に合わせてみても重要課題です。
第一五期中央教育審議会答申では、教育の問題を二つの角度からとらえていることが分かります。一つは戦後五十年間、相対的には世界の中で成功してきた日本の初等・中等教育にも様々な問題が発生しているため、それらを解消するという観点です。いじめ、登校拒否、ゆとりのなさ、自立のおくれ、社会性の不足、などを克服する教育改革の要請です。
二つは、二十一世紀の高度情報通信社会における社会の変化に対応して、自ら新しい社会を築きあげていく人材の育成です。
この二つに対応する資質、能力として「生きる力」が取り上げられました。これには二つの要素が含まれています。「自分で課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力」、および「自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性」と「たくましく生きるための健康や体力」です。
「生きる力」を養うには、社会全体に「ゆとり」が必要で、そのために、学校・家庭・地域社会が連係して教育を分担することが提言されたのです。

近年、世界各国の学校で吹き荒れているいじめ問題や登校拒否や喫煙・飲酒・薬物乱用問題などは、ある意味では思春期の子どもたちに特有の問題でもあります。また、高校生に限つての死因別死亡者数では、乗り物による不慮の事故が第一位で、その三分の二は二輪車によるものです。したがって、学校で交通安全の問題を取り上げる意義は大変大きいのです。また、基本方針が生活行動と健康を取り上げていることも時代の要請に答えていると思われます。よく言われるように、わが国の三大成人病は、がん、心臓病、脳卒中でこれらが病気全体の六二パーセントを占めています。がんは四人に一人、心臓病は五人に一人の割合です。いずれも生活習慣と密接な関係にある病気で、喫煙・飲酒など現代社会における数々のリスク・ファクターが影響しています。厚生省は最近、この「成人病」という呼び名をより実態に則した「生活習慣病」に改めると発表しました。プレスローの七つの健康習慣と寿命からも、健康習慣を多く守るほど寿命は長くなることが証明されています。そうした意味でも、われわれは、いかにアクティヴライフを確立するかということが間われています。生涯体育・スポーツとともに生涯保健の思想の必要性が、ここにあります。
学校における健康教育という点では、世界の先進国に共通の悩みといえる問題があります。それは国が豊かになり都市化が進むにつれて、子どもを取り巻く環境・家庭・学校・社会など、大きく言えば生態系が変わってきています。たしかに、現代社会は物質面や生活の便利さ、快適さという点では大変恵まれています。ところが、そうした点で恵まれている国の子どもほど、心身の問題が多く発生しているのです。特に、心の問題――精神・心理・情緒などに様々な問題が発生していることは、既に皆様も周知のことと思います。簡単に言ってしまえば、子どもたちが発達過程をうまくクリアl出来なくなっている、手足は長くかっこいいが、体力や運動能力はそれに見合った発達をしていないのです。
わが国は今や世界一の長寿国になりました。発展途上国などで問題にされる栄養失調(malnutrition)とは逆に、栄養のとりすぎによる栄養失調(positive malnutrition)による疾患が、問題にされていることを忘れてはならないでしょう。